江川紹子が阿部慎之助の引退会見への違和感についてツイートしている。

Egawa


実際には阿部慎之助が背番号「10「のTシャツを着るように要請したのではなく、メディアが勝手に来たそうで、そのことでの反論のツイートもあったが、問題はそこではない。

スポーツ選手の会見に、その選手を応援している、支持していることを表明する服装で臨むメディアの姿勢にある。
彼らは阿部慎之助のファンではない。公的存在である有名スポーツ選手から、何らかの情報を引き出すためにそこにいたわけである。

しかし最初から阿部慎之助に「忖度」をして、「阿部選手お疲れさまー」を全身で表現していたのだ。この会見場にいた人の大部分は、難しい試験をパスして新聞社やテレビ局に入社した人たちのはずだ。日本を代表するスポーツジャーナリストのはずだ。
そういう連中が、取材対象と癒着し、なれ合っていることを表明する格好をすることに、何にも感じなかったのだろうか?恥ずかしいとは思わなかったのだろうか?

こうした連中がスポーツ選手から「何か耳寄りの情報」「あたらしいこと」を聞き出すのは不可能だろう。予定調和的な「阿部慎之助が気持ちよくなること」を聞いて、それを何十社ものメディアが一斉にパソコンに入力して送信するのだ。それなら1人でいいだろう。

このシーンから、我々は既存ジャーナリズムに何を期待しても無駄だ、ということがわかってくる。

言論機関、ジャーナリズムは、取材対象が話したいことをそのまま伝えるのではなく、視聴者、購読者、一般市民が知りたいこと、そして、言論機関がどうしても伝えるべきと思うことを、万難を排して伝えるためにあるのではないか。

「スポーツだから大層に考えるなよ」という向きもあるだろうが、さして圧力が大きくないスポーツでこの体たらくなら、政治ではどうなるのかと思う。

この会見を大喜びしているファンもたくさんいるようだが、それも本当に残念だ。最初から結論がわかっている会見なんか見て、何が面白いのだ。

何度もお断りする必要があるが、私は阿部慎之助の業績を非難しているわけではない。まもなくNumber Webで史上最強捕手阿部慎之助の記事を書く。純粋に打者としての偉大さだけを書いた。
そのことと、今回の会見の話ははっきりかみ分けてたい。

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こんなのはスポーツジャーナリズムではない。取材源とメディアの「談合」であり、特権を持つ言論機関としては背信行為だ。



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