スポーツの応援でもそうだが、最近の日本人は「一色に染まること」に対する抵抗感がないのだと痛感する。

スポーツ観戦で「みんなで一緒に応援する」「同じ掛け声をかけ、同じお遊戯をする」
私などは、そのことだけで「気持ち悪い」と思うのだが、それが「うれしい」「楽しい」という人がいっぱいいるのだ。

もともと日本は「みんなと同じことをする」ことがいいことだ、という価値観があった。日本の学校は未だに「みんな揃って同じことができるようになる」ことを目標としている。そして「力を合わせて一つのことをする」ことを褒め称えている。

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こういう教育に馴染んだ人は「みんなと同じでないこと」に不安を感じる。集団のなかで「みんなと同じことをする」ことで、自分の存在証明を得たように思い、安心する。

野球の観戦くらい、好きにやればいいと思うのだが、誰かと同じことをしていないと心配で仕方がないと言う人がたくさんいるのだ。

通販番組でも「販売たちまち何万本!」みたいなのが多いのも、「みんなが買っている」ことが、「購買動機」につながるからだろう。

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もちろん、マーケティング的には「人気がある」「誰々も買っている」は、世界共通で有効な手法ではある。しかし猖獗を極めるネット番組が、馬鹿の一つ覚えのように「何万本売った」といい、スタジオのガヤが「わー、すごい」と連呼する番組を流すのは、日本では特にこれが有効だからだろう。

普通の人が「みんなと同じことをする」ことに安心を覚えるのは、日本の教育を考えれば仕方がないのかもしれないが、メディアがどんどんそうなっているのは、本当に怖いことだ。

阿部慎之助の引退会見におそろいの「10」のTシャツを着て取材した記者などは、ジャーナリストにも関わらず「他社と同じことをする」ことで安心を覚えていたのではないか。
今のスポーツ報道がベッタリと「日本がんばれ!」一色になることも、根っこは同じだと思うが、こんなことで少数意見、異論、反論をすくい上げて正当に評価することが、できるのかと思う。

最近「ダイバーシティ」という言葉が流行っているが、これも「みんながそう言っている」から、そう言っている人が大部分ではないか。



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