今、巷にはラグビーの「にわかファン」が溢れている。「けっ、こないだまで何も知らなかったくせに」というのは、半可通、つまり「野暮」の言い草だ。
「にわかファン」の段階の人は、今、楽しくて仕方がないはずだ。ラグビーの話題をやっていると、どんな小さな話題でも気になるし、新しい発見があったりする。
「ノッコン」とか「ジャッカル」とか、新しい言葉を使いたくて仕方がない。
私は今回、そこまで夢中にならなかったが、それでも大学時代「ラック!」とか「モール!」とか言って組み付いてくる友人がいたが、今になって何を言っているかがわかるようになった。

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私にとって野球は、生まれたときから家の中にずっとあったので、野球で「にわか」だった時の記憶はない。
でもF1は、バブルの少し前に海老沢泰久さんの本を読んで好きになったので「にわか」時代があった。
「レーシングオン」「オートスポーツ」を毎月買って、「CG」も買って、しまいには1970年代までのこれら雑誌のバックナンバーも買い込み、イギリスのロンドン郊外のモータースポーツ専門出版の「ミルハウスブックス」まで行った。たどたどしい英語で、20世紀初頭からのモータースポーツの記録集をしこたま買い込んだ。鈴鹿サーキットには20年近く通った。
この間は、至福の時代だった。F1マシンの走行音だけを集めたCDを買って、DOHCの音を聞き分けたり、気筒数の多いフェラーリエンジンの音に聞き惚れたりした。お断りしてくが、私は運転免許は持っていない。

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うちの母親は、野球について全く知らなかったが、甲子園だけは大好きだった。夏の一時期だけ大の野球ファンになった。
「あの“スボ”のOが3になったらアウトよね」などと行った。昔の「SBO」のことだ。
スクイズで点が入ったりすると、私や父親は「あー!」と反応したが、母は「何が起こったの?」と私達に説明させて、それでも良くわからないで「で、どっちが勝ったの?」などと聞いた。その上で感動して涙を流したりした。それでも楽しそうだった。
だんだん知恵がついて、「甲子園で活躍すると、大金をもらってプロに行ける」ということを知ると、勝つたびに「親、うれしかろなあ」などと言った。確か、横浜高校の愛甲猛あたりの時代だ。

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母は秋風が吹く頃になると、野球のことはさらっと忘れた。春もそれほど関心を示さないで、「夏がくれば思い出す」で、また甲子園で熱くなった。

うちの母のような「いつまでたっても“にわか”から前に行かないファン」もいるのだ。
しかし「にわか」がいなければ、ファンの数は増えない。
ラグビーだって野球だって「にわか」は大事なのだ。願わくば、野球の「にわか」は、選手の応援歌を覚えるよりも先に、野球史や野球のプレーについて詳しくなってほしいとは思う。


1964年金田正一、全登板成績【スワローズ最後の年、最後の20勝到達】

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