リアルスポーツ
ダルビッシュ有が否定する日本の根性論。「根性論のないアメリカで、なぜ優秀な人材が生まれるのか」

このインタビューを興味深く読んできたが、最終回になって核心部分に触れている。

ダルビッシュは日本高野連の「球数制限」について、とりあえず「やってます感」を出しただけと断じている。私は中身の取材をしてきたので、それでも「成果」とみなすべきだとは思うが、外国の組織、団体(スポーツ以外も含めて)のガバナンスに比べれば、日本のこうした決断は「やってます感」と言われても仕方がないだろう。
何度も言うが「新しいことは何もしたくない」「何も変えたくない」だけの人が、組織の上部に蟠っているのが今の日本ということになる。

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アメリカには根性論のような考え方がないのに、なぜそんなに優秀な人材が生まれるのか。それってきっと、人生でたくさん訪れる苦しい場面を乗り越えていくための打開策を、自分自身で考えているからだと思うんですよね。

これは強烈だ。しかし反論できない。日本の「根性論」とは上から与えられた無理難題や、災難を、ひたすら「耐え抜く」ことで切り抜けることを意味している。ざっくり言えば日本の「根性」とは「過酷な環境」で、「巨大な、あるいは困難な仕事」を「我慢と自己犠牲」で切り抜けることを意味している。

しかし今の世の中は、そういう単純な「困難」だけが待ち受けているわけではない。もっと曖昧模糊とした、しかもしょっちゅう変化するような状況を、自分一人の判断で切り抜けるような状況こそが今の「困難」だ。
そういう「困難」に、ひたすら「我慢」しかしない日本的な「根性」は対応できない。

「根性論」をいまだに口にする人は、すでに老人で、今の社会のリアルを理解していない。とっくに役に立たなくなった昔の成功体験をもとに「根性」を語っているのだ。

そして、そういう自分の時代遅れや浅学を押し隠すために、「日本は日本」と言っているわけだ。

今、筒香嘉智の今年のメッセージを取材して帰ってきたばかりだが、優秀な人材がこうして海外に行くのも、国内に不勉強で不誠実な老人がいて、根性論をふりまわすからだろうと、やや飛躍しながら考えた次第だ。


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