野村、長嶋だけでなくこの世代は歴史に残る大投手も輩出している。

1935年度生まれの投手、勝利数順30傑。

NOMURA-P30


200勝投手は梶本、皆川の2人。南海が誇るアンダースローの杉浦がこれに次ぐ。皆川、杉浦ともに同級生の野村克也のミットに投げ込んでいたのだ。皆川もアンダースロー。

東映の土橋もこの時代では屈指の制球力で鳴らしたエース。大屋根も一時期中日のエース。

空谷(のち児玉)は、松山商時代、甲子園の優勝投手。大争奪戦の末に中日に入団。空谷は謹慎処分を食らっている。1954年の時点では同世代で最も知名度が高かった。野村のことは誰も知らなかった。

宅和本司、中村大成、戸川一郎も皆川同様、高卒で南海入りし、一時期活躍した。中村は大阪の泉陽高校出身だが1年だけ23勝して潰れた。

中川隆は野村と誕生日が4日違い。初本塁打を提供した投手。防御率1位が1回ある。

西村一孔も阪神で1年だけ22勝。拝藤宣雄は立教で長嶋のチームメイト。

135人中投手成績があるのは65人だった。今なら5割以上は投手だから、当時は少なかったのだ。


2019年E.エスコバー、全登板成績

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