終戦から3年目のこの年、プロ野球ブームが起こる。

大阪タイガースがぶっちぎりの優勝を飾り、中部日本が2位。シーズン中に近畿グレートリングから南海ホークスと変わった山本一人のチームは19ゲーム差の3位に終わった。

打線

1947H


東京鉄道局から入団した飯田徳治に一塁を任せ、山本は三塁に納まる。球史に残る名一塁手のデビューだ。



戦前からいた小林悟楼を遊撃に抜擢するが、この年限りで退団。

田川豊の成績は2年目にダウン。全体として戦力は落ちた。

1947P


それ以上に深刻だったのが、投手陣の不足だった。

投げることができる投手はわずか5人。あまりのことに飯田と山本もマウンドに上がった。

別所が30勝でエースの働き。中谷、丸山が続いたが、前年は105試合、今季は119試合であり、投手の絶対数が足りなかった。



この時期から山本一人は、ボストンバッグに札束を詰めて各地の選手をスカウトして回るようになる。


2018・19年髙橋遥人、全登板成績

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