Change.orgの「夏の甲子園実施」の署名は、今見たら1.5万人程度だった。メディアで紹介されながら、この程度の数字だ。世間の共感は得られていないのだろう。

そうした動きとは対照的に、甲子園出場がダメならその先を考えようという指導者が増えている。
大学野球を目指そうとか、野球だけでなく、人生そのものを考えようとか、そういう話をする指導者が出てきている。
これでこそ、教育者だろう。「起きてしまったこと」「どうすることもできないこと」に拘泥するのではなく、教え子の未来を第一に考えて、意識を変えてやるのが教育者の役割だ。挫折の痛手から立ち直らせ、モチベーションを再び持たせることが大事だ。

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「甲子園をやらせてやりたい」は、端的に言えば「大人の思い入れ」だ。大人が甲子園を見たいがために「子どもがこう言っている」と仮託している部分が大きい。
それでも何らかの「代替試合」ができるのはいいかもしれないが、それが実現したとしても、当の子どもたちは、すでに「次のこと」を考え始めている。「代替試合ができてうれしいだろう」と聞けば「はい、うれしいです」と言うだろうが、子どもは未来を見始めている。
大人は「想い出づくりを」というが、未来を目指す子供にとっては、何ほどの意味も持たないだろう。

私は企業人や文化人などいろいろな人の話を聞いてきた。こういう人たちは、人生で何度も大変な目に遭っているが、それを乗り越えてきた。
裏千家の千玄室大宗匠は、名門の御曹司でありながら特攻隊に志願し、九死に一生を得ている。茶道どころではない前半生を歩んできた。そういう過酷な経験も、後年振り返れば「何でもないこと」のように語ったものだ。

新型コロナ禍による甲子園の中止は、「人生の蹉跌」の一つだ。自分の力でどうしようもないことであれば、それは「なかったこと」にするしかない。

今日、日本高野連が最終的にどんな決断を出すかはわからないが、既報と大きく異なることはないだろう。

今回の出来事は、誰が悪かったわけでもない。どうしようもなかったことだ。
高校球児は、すべからく「その先」のことを考えるべきだ。大人たちは、そういう子供をフォローすればいいのだ。


2018・19年髙橋遥人、全登板成績

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