毎日、西鉄との三つ巴の争いを制して、1差で連覇を果たした。

「100万ドルの内野陣」は、この年に完成したと言ってよいだろう。

野手陣

1952H


36歳の山本一人が控えになって、岡本伊三美が21歳で正二塁手。テスト生あがりでいきなり.299の高打率。



一塁の飯田が打点王。遊撃の木塚が盗塁王、三塁の蔭山も活躍。内野の4人がすべて30盗塁以上と言う駿足内野陣。

外野はやや地味だが、堀井は82打点と貢献。

投手陣

1952P


柚木が19勝ながら防御率1位でMVP、服部も16勝。
規定投球回数が180回になったので、以下、規定回数以下となったが、中原、江藤が11勝。

注目すべきは中谷が救援中心で活躍したことだ。

少しずつ投手起用も変化しつつある。


1953年関根潤三、全登板成績【オールスターにファン投票1位で選出の年】

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