恐らく、私もいっちょ噛んでいるのだろうが、「高校野球は特別」と言う言葉に対する議論が起こっている。
「高校野球が特別、なんて誰が言っているんだ。当事者はそうは思っていない。インターハイと甲子園で中止の決定が違ったのは、組織が違うのだから当たり前だ」と言う論調だ。

高体連と高野連が別組織になった経緯を今さらさかのぼっても仕方がないが、新型コロナ禍で置かれている境遇は、高体連所属の部活も、それ以外の部活も、高野連所属の野球部も何ら変わりがない。
学校が休みになり、部活ができなくなっている。そんな中で「全国大会」の開催が危ぶまれていた。
全く同じ境遇にある高体連と高野連の部活が「組織が違う」というだけで、別個に決断をすることに何の正当性があるのだろうか。

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プロの世界ではNPBとJリーグが、共同で「新型コロナウイルス対策連絡会議」を設置し専門家の話を聞いている。プロスポーツとして置かれている状況が同一で、問題意識を共有しようとしているわけだ。それそれ事情が異なるから同日に試合を再開することはないが、できるだけ歩調を合わせようとしている。ライバル関係にあったNPBとJリーグだが時世に鑑み、手を携えて危機を打開しようとしているのだ。
危難の事態にあって、社会的な理解を得るために組織を超えて連携しているのだ。

この「新型コロナウイルス対策連絡会議」に、高野連がオブザーバーで参加している。これは理解しがたい。プロスポーツは経済行為であり、試合を行うのは公共財としてのNPB、Jリーグを維持、存続させるためだ。いわば、商店が感染のリスクがあっても店を開くのと同じだ。

しかし高校野球は「教育の一環」であり、感染のリスクを冒してまで開催する理由は全くない。プロスポーツが試合を始めたからと言って「高校野球も」とはならないはずだ。

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この危難の時期にあって、手を携えるべきは高野連と高体連だ。両者はなぜ連携しなかったのか。おかれている境遇も、社会的立場も同じ2つの団体が歩調をそろえて、全国大会開催の可否をなぜ決めなかったのか?そうなれば、高校生はみんな、同じ条件で事態を受け止めることができる。

最終的に高野連も高体連も全国大会を中止したが、高野連が別の決断をしていたら、同じ学校で、多くの部活が活動を中止するなかで、野球部だけがグラウンドに出て練習をするような事態が出来する。これ、教育的に見て正しいことなのか?

新型コロナ禍は、社会全体が力を合わせて感染拡大を食い止めなければならない。そんなときに「組織が違うから」と言うだけで、足並みを乱すのは、正しいことなのか?

高体連と高野連が連携しなかったのは、どちらに責任があるのかはわからない。しかし、どちらかが、あるいは両方が「高校野球は特別」と思っていたのは間違いない。その意識は、世の中にとって何のメリットもない。自分たちの縄張り意識、特権意識を満たすだけのただのエゴだ。

高校生の将来を本当に考えているのなら、今からでも高体連と高野連は、連携して事に当たる道を模索すべきだ。新型コロナ禍はこの秋冬には再び深刻になると言われる。そのときに、両組織が一緒に知恵を絞るべきだ。
そうでなければ、また学校に混乱が起こる。

「甲子園で野球をやらせてやりたい」みたいなお涙頂戴よりも、その方がよほど有意義だ。


2018・19年髙橋遥人、全登板成績

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