エースを中心に先発投手陣がよく整備されていた。

100イニング以上投げた投手を中心に。

HC-1970P


3度のノーヒットノーランを記録した外木場義郎を柱として、大石弥太郎、安仁屋宗八が中心だったが、ここに池谷、佐伯が台頭した。さらに北別府も登場。
投手陣も、生え抜き中心だった。



アンダースローの金城基泰も、1974年に20勝。

1978年には江夏豊が救援投手として加入。翌年の「江夏の21球」へとつながる。広島の救援投手の歴史は、江夏から始まったといってもよいのではないか。

愛弟子といわれる大野豊もこの時期にデビューしている。

なかなか面白い顔ぶれだと思う。



2018・19年髙橋遥人、全登板成績

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