夏の甲子園が失われた意味と損失を改めて考える
高3でレギュラーを掴んだ球児の父が語る「夏の代替試合」
前の記事は6月3日、あとの記事は6月28日に掲載された。この間は、新型ウイルス禍がおとなしかっただけに、こうした意見がじわじわと出てきている。
緊急事態宣言はなくなったし、プロ野球も無観客ながら始まったし、高校野球だけ中止は先走ったのではないか?無理してやってしまえばできたのではないか?という意見である。
「うちの子はこんなに頑張っていたんだし」「高校野球はこんなに素晴らしいんだし」
さんざん耳にした言葉だが、私は一切同情しないし、間違っていると思う。

高校の部活で、指導者が一番大事にすべきは「生徒の安全を守る」ということだ。
観戦のリスクが少しでもある環境で試合をすることは、避けなければならない。

代替試合でも感染のリスクがないとは言えないが、高野連と教育委員会が協議をして、妥結点として開催にこぎつけたのだ。
いわばぎりぎりの判断が、このなけなしの「代替試合」だったということだ。

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夏のシーズンをまるごとかけて、選手や関係者が大挙して移動をして、大規模な野球をすることは現状でも考えられない。

ましてや再び感染拡大の機運が高まっている。新型コロナ禍は「終息へ向かっている」とは全く言えないのだ。

何度も言うが、プロ野球は「商売」だ。生活が懸かっている。大人の判断として、リスクを踏むことは一定程度容認される。

しかし子供の「部活」が、プロと同じ条件で野球をすることはあり得ない。

高校野球では、部活の指導者にとって一番大事な「生徒の安全を守る」ということがないがしろにされている。肩肘のリスクも顧みず投げ込みをさせたり、熱中症の恐れがあるのに練習や試合をしたり、罰走を課したり、高校部活を逸脱した指導が行われていて、指導者、保護者の感覚がマヒしているからこうした声が出るのだ。

高校野球でどんな得ることがあるにせよ、たかが部活である。その最低限のルールさえ、まもることができないのなら、高校野球なんてやる意義はない。


2007~2019の打者 vs 2020年の打者/10試合終了時打率比較・セ・リーグ

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