この間なくなった牧志公設市場の近くの商店街に、あまりやる気のない古本屋があって、お姉さんがいつも店番をしている。沖縄の歴史の本がいくつもあって興味深いのでいくたびに何か買うようにしていた。
そうした歴史の本を読んで痛感するのは、沖縄という“国”が、いかに周辺の勢力によって都合よく扱われてきたか、ということだ。
江戸時代は、薩摩の支配下で徹底的に搾取された。明や清との密貿易の中継地にもなったが、琉球の住民は絞りに絞られた。当時は明にも朝貢していたが、搾取は薩摩のほうがひどかった。

明治維新後は内地から来た県知事が、あたかも殿様のようにふるまった。中には善政を敷いた知事もいたが、多くは沖縄県民を蔑み、不当な差別政策を敷いた。不幸なことに離島はさらに悪政が敷かれ、人頭税さえあったのだ。

挙句に太平洋戦争では日本で唯一、米軍に上陸されて多くの県民が死亡した。日本軍の多くは沖縄県民を守らなかった。

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戦後も1972年まで米領で、抑圧されてきた。「沖縄県民は基地で潤ったじゃないか」という声もあるが、土地を奪われて生きるために基地で働いただけのことだ。

毎年沖縄に行くが、沖縄の歴史を物語る史跡は沖縄中を探してもほとんど残っていない。首里城も戦後の再興だ。場内にあった円覚寺は最古の寺院だったが、今は山門だけしかない。

プロ野球のキャンプに行くときにいつも気になるのは、米軍キャンプ内に素晴らしい球場や練習施設がいくつもあることだ。NPBがキャンプを張っている施設よりも立派だ。こうした米兵専用の広々とした施設がキャンプ何々とつく基地には必ずある。沖縄県民はまだ片身の狭い思いをしている。

新型コロナ禍で沖縄県は、必死で感染拡大を防いでいた。しかし米軍基地でクラスターが起こり、沖縄県は危機に見舞われた。これに加えて、夏になると沖縄に多くの人が押し寄せる。彼らの中には、感染対策に気を付ける人もいるだろうが、そうでない人もいる。旅の恥は掻き捨てとばかりに羽目を外す人もいる。

その結果として、沖縄は感染者数が爆発的に増えて危機的状況にある。今も昔も変わらず「内地と米軍」から災厄がもたらされたのだ。

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これに対して菅官房長官は「あれほどホテルの用意をといったのにしていない」と沖縄県知事を叱責した。沖縄県の想定以上の感染者が出たのは、間違いなく政府の自粛緩和政策、とりわけ「GoTo」によると思うが、それを棚に上げて上から目線でしかりつけるのは昔の薩摩藩並みのひどさだ。

今の感染拡大は何もしない優柔不断な政府の責任だ。沖縄県民の責任ではない。いまだに占領軍の感覚の米軍と、無責任な他県の人間が、海の向こうから災厄をもたらしたのだ。

我々は、そのことをしっかり肝に銘じなければならない。日本本土はいまだに沖縄の人々に謂れのない迷惑をかけている。


2007~2019の打者 vs 2020年の打者/10試合終了時打率比較・セ・リーグ

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