安倍晋三が病気辞任を表明して以来、にわかに政府の支持率が高まっている。これ、過去にもあったことだが、日本人の「弱さ」を象徴している。

大平正芳が急死した直後の選挙でも与党自民党が圧勝したのだ。日本人が分断されておらず、常日頃から政府に反対する立場の人でも、底の方では政権に身内意識があるのだろう。

ただ今回の「病気で辞任する安倍総理を批判するのは不謹慎だ」という世間の風潮を見て感じるのは、日本人の知的劣化だ。
個人としての安倍晋三が病気で職を辞するのは「お気の毒」だが、政治家としての安倍晋三が「コロナ禍」や、自身のスキャンダルを全部放擲して引っ込んでしまうのは「無責任」であり、責められてしかるべきだ。

昔はそのあたりのけじめはしっかりしていた。政治家は、メディアや有権者からぼろくそに批判された。そういう批判の中で飯を食っていたのだ。
安倍晋三の祖父の岸信介は安保問題で学生やメディアから叩きまくられて「安保デモのさなかにもプロ野球のナイターを見るような“声なき人々”もいる」とサイレントマジョリティの支持を口にしたが、それだけ厳しい世論の中で、仕事をしたのだ。その是非は別にして、昔の政治家の方が腹が据わっていたのではないか。

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ある女性の元議員は「安倍総理が病気辞任した日に、お見舞いの言葉も言わずに批判をしたのはよくない。“喪に服する”ような態度が必要」みたいなことを言った。こういう人物が、一時とは言え政治家だったことが信じられない。
日本人は本質よりマナーを大事にするようになったのだ。知的劣化が進んだといえるだろう。

こうした変化はネット社会の進展が大きく関与している。とりわけSNSでよく使われる「ディスる」という言葉の浸透が大きいのではないか。
「ディスる」とは、対象に否定的な言葉を投げかけることだ。その中にはまっとうなものも不当なものもあるだろうが、それがよく吟味されずに「ディスるのはよくない」みたいになっている。

私もよく攻撃されるが、例えば野球選手の成績が落ちたときに「責任を果たしていない」「通用しない」「引退すべきでは」とディスることと、そういう選手を「クズ」「カス」とディスることは、分けて考えるべきだ。プロ野球はプロの世界なのだから、実力的に劣る選手を「通用しない」ということには正統性があるが、その選手を丸ごと「クズ」つまり無価値なものということは不当だ、という噛分けである。

こういうことがわからない輩が「ディスるのはよくない」「悪口はよくない」と、それこそえげつない物言いでディスってくるのだ。

健全な批判は、どんどん行うべきだ。それを躊躇させるような世の中の雰囲気は、非常によくない。こういう空気の中で、国や社会がおかしな方向に流れていくのである。


先発全員打点チーム/暫定版

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