大坂なおみの問題で見るように、日本と世界ではスポーツ界、アスリートの意識の格差は大きいが、それはスポーツメディアにも言えることだ。

スポーツ紙の記者は「俺らはそんなに大層なことは書いていない。そんなに偉い存在ではない」とよく言う。ジャーナリストという認識はないし「言論の自由」の一翼を担っているという認識もさらさらない。
スポーツメディアの記者が考えていることは「注目は集めたいが、どこからも攻撃されたくない。非難されたくない」ということだ。

大坂なおみの「人種差別反対アピール」にしても、彼女の言動をそのまま伝えはする。また世界がどんな反応を示したかも言う。しかし、自分たちの意見は言わない。

今のメディアは「客観報道」と言い、自分たちの意見を表明するのではなく「見た儘をそのまま伝える」ことが自分たちの使命だと思っているが、事実を切り取るときでも、そのメディアや人物の意識、考えが必ず反映されるのだから、問題意識なくして本当の取材も執筆もできない。。

大坂なおみのアピールに共感するメディアは、彼女のマスク姿を正面から写した写真を選択するだろう。論点を正面から取り上げたくないメディアは彼女の笑顔の写真を選択するだろう。
そういう形で、メディアは「自分たちが何を考え、どんな取材方針をとっているか」を世間に漏洩しながら報道活動をしているのだ。その認識があるメディアは少ないが。

日本のスポーツメディアは、スポーツ界が持つ様々な問題に対して、正面から向き合うことはしない。自分たちが論争の矢面に立つことを恐れて、ややこしい問題は他のメディアやライターの後追い取材に終始し、できるだけ目立たないようにしている。
そして「はっきりものをいう」ことは、フリーランスのライターにゆだねている。

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スポーツ新聞やテレビなどの報道が、面白くなくて、活気がないのは、つまるところ問題意識がないうえに「責任を取りたくない」という腰が引けた報道姿勢にあるのだと思う。

おそらくはその「腰抜け」な報道姿勢は、スポーツメディアだけではなく日本のジャーナリズム全体に共通するのだろう。


中日・ナゴヤ球場・ナゴヤドーム・シーズン最多本塁打打者/1950~1988、2007~2019

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