私は10月にナゴヤドームでたくさん試合を見た。地下鉄のナゴヤドーム前矢田駅を降りて球場に向かう道すがらに、署名を求める人たちに足を止められることが多かった。
愛知県の大村秀章知事を辞職させるために、政敵の河村たかし市長や愛知県出身の高須克哉整形外科医などが、リコールを始めたのだ。
大村知事らは、2019年に行われた「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展」で韓国が主張する「従軍慰安婦」を象徴する少女像や、天皇の写真を焼くパフォーマンスの映像などが展示されたことから批判が殺到。イベントは一時中止に追い込まれたが、河村市長などはこのイベントを公費で行った愛知県知事の責任を問うとして、リコールを始めたのだ。

私は天皇の写真を焼くという表現活動は、時代錯誤だと思うし、少女像もいたずらに右翼を刺激するからよいとは思えなかったが、主催者の意図はそれも含めて「表現の不自由」について考える機会を与えようとしたのだ。極めて意欲的な、意欲的すぎる企画だったと言えよう。

大村知事は批判に対し「公権力は、市民の思想信条に関与することはできない。表現の自由は戦後民主主義の根幹だ」と反論した。保守革新の立場を超えた、至極まっとうな見解だと言える。

河村市長、高須医師はネットを巻き込んで大々的にリコールを行った。86万筆の署名を集めれば、リコールは成立する。名古屋市内には「大村市長、おやめください」という宣伝カーが走り回っていた。そして、ナゴヤドームでは連日署名活動が行われていた。

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私は球場に入る前に、署名を募る人たちの様子を観察した。女性が声をかけていたが、なぜリコールするのかを説明しないのだ。説明しずらいのだと思うが。
「大村知事は悪いことをしました。やめさせましょう」
「大村知事は悪い人です。愛知県をまかせるわけにはいけません」
殆どの人が無視していたが、足を止める人もいた。多くが若者だった。今の若者は政治的に無垢だから、感化されるのだろうなと思った。

しかし86万筆は、とても無理だろうと思った。とにかく市民はほとんど関心がなかったのだ。新型コロナ禍でもあり、それどころではなかったのだろう。
結果的に43万筆が選挙管理委員会に提出された。それでも私は非常に多いと思った。

ところがその8割以上が、同じ筆跡であったり、他人の名義を勝手に使用したものだったという。さもありなんという感じだ。

ネトウヨという言葉で表していいのかのかどうかわからないが、今、ネットで民主主義や人権に反対の意向を示す人たちは、非常に「簡単」であることが多い。
「あいつは気に入らないから潰してやれ」というだけで相手をたたく。リコールは参政権の行使であり、民主主義の重要な選択手段の一つだが、その意義も重要性も理解せずに、安易に利用しようとする。そしてリコールが不成立に終わりそうになると、実にお手軽な不正を行う。
変なことを言うようだが、署名を偽造するならもう少し巧妙にやればいいと思うが、すぐに露見するようなやりかたをするのだ。
その安易さ、お手軽さもこういう人々の特徴だ。
さらに立場が悪くなると、論点をずらして批判する人の無関係な瑕疵を見つけて攻撃するのも彼らの習性だ。知的怠惰ということになるだろうか。

「反知性主義」という言葉がある。知的権威やエリート主義に対して懐疑的な立場をとる主義・思想だ。歴史や思想信条や社会情勢などを広範に見聞きし、理解することなく、目の前の情報を適当につなぎ合わせて、自分の思うように圧力をかけようとするような態度だ。

菅義偉総理が、日本学術会議が推薦した会員候補の内6人を任用せず、それについて説明をしなかったあげくに論点をずらして「学術会議の存在意義」に問題提起をしたことは「反知性主義」の現われだと言われた。菅義偉はおそらくは安倍晋三の差し金で「気に入らない組織に嫌がらせをした」のだと思うが、メディアに突っ込まれることを予想せず、最低限の理論武装もしなかったのだ。

ドナルド・トランプが、自分の再選が危ういと見ると「選挙の不正」を言い出したのも、同様の事例だ。本当に選挙の不正を訴えて当選する気があるのなら、少しは証拠を捏造したり、マスコミ(まともなマスコミ)を懐柔するなど、前もって準備をすればいいのに、それをせず、ネット上の「噂」レベルを適当に拾い上げて、騒いで見せるだけなのだ。選挙結果を左右する不正などは何も起こっていなかったのだ。
しかし驚くべきことに、そんなちゃちな「嘘」であっても、本気にする人がアメリカにも、そして日本にもたくさんいたのだ。

昔と違って、1冊の本もまともに読んだことがないようなレベルの人でも、一丁前にモノが言える。SNSを使えば著名人にでも、直接話ができる。大雑把でいい加減な知識、理屈しか持ってなくても、あたかも対等であるかのように議論を吹っかけることができる。

粗雑な人々が「言葉」を武器にする時代になった。
愛知県のリコールの杜撰さが明らかになったことは、良かったと思うが、そんな粗雑な意見が、社会を動かしつつあるのも事実なのだ。


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