デヴィ夫人というのは「華やかな経歴」+「バカ」という落差の激しさで売っているタレントだ。ただし本人は「上流階級のノーブルさで世間に受け入れられている」と思っている。

大晦日に90人を集めてホテルでパーティを開いたことをとがめられ、この愚かな老女は
「こういう時期だからこそ勇気をもって開催した。このパーティーをすることによって、ホテルの人も助かるし、飲食の業者さんも助かる」
と説明、なおも批判されると
「私たちのような人間がこうしてお金を使って回さないと、日本の経済が破綻してしまうと思う」
「私のパーティーにいらした方は皆さん自意識が高く緊張感を持ってる。『感染しない、感染させない』が合言葉になっている。感染している人たちは20代、30代の若い方が多い。若い方たちも緊張感を持っていただきたい」

と言い、食い下がる杉村太蔵を「ジェラシーだ」と切って捨てた。

彼女のこの言葉には、日本のエスタブリッシュメントが抱いている認識が、はしなくも滲み出た。

感染症対策などは、下々のものが気を付けるべきものであり、上つ方の預かりしらぬものであると。上つ方は、頭が良いから感染しないようにできるし、感染しても最上の治療を受けることができるから、集まって騒いでも問題がないのだと。

デヴィ夫人がエスタブリッシュメントかどうかには異論もあろうが、今の為政者、エリートたちの認識も似たようなものだろう。

GoToキャンペーンの中断が決まった日に二階俊博がステーキハウスで会食をし、そこに菅義偉を呼びつけた一件が「会食の自粛」「三密の回避」などの感染症対策に反していると非難されたときに、二階俊博は「別に8人で会っただけで、会食ということを特にやったわけではない。飯を食うために集まったんじゃない」といった。説明になっていないが、本当のところは
「俺たちはお前たちとは違う。一緒にするな」というところだったのだろう。

徳島県知事の飯泉嘉門なども、県民に危機感をあおりながら、自分はパーティに出席していた。彼らの本音も同様だろう。

日本の為政者は「行動変容は、一般国民のやるものであり、わしらは関係がない」と思っている。

その背景には、国の方針が、本当にやるべきハードな感染症対策をするのではなく、国民に重症者、死者がある程度は増えるのを承知の上で、日本経済の根幹である「大企業」を守ることを第一にしていることがある。だから大企業を経由しないダイレクトの経済救済をしたがらないのだ。

ある意味、新型コロナで弱小企業、経営者が振り落とされることは、業界再編を効率よく進める上で好都合だと思っている。

IMG_9504


今の政府は「一般国民は、お前ら自身で身を守らないと、俺らはとことん面倒見ることはしないよ。それを察しろよ」と言外に言っているのだ。

大手メディアはおそらくそのことを理解している。だから、本来ならばもっと厳しく追及すべきことを追及しない。彼らもポストコロナで、勝ち組に回りたいと思っている。

今回の緊急事態宣言で、国民の行動変容の度合いが鈍いのは、為政者、エスタブリッシュメントが自分たちを「例外扱い」していることか露呈したことも大きいと思う。
しかし国は基本方針を変えることはしない。

国民は、日本国家、体制から見捨てられつつあると言えよう。

デヴィ夫人は今後もテレビに出続けるだろうし、政治家はばれないように会食をするだろう。それが今の日本という国だ。


2020年石山泰稚、全登板成績【ホールド相当の引き分けが8つ】

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!