ハンク・アーロンは20世紀以降では、MLBの「通算本塁打記録」を保持した3人のうちの一人だった。
NPBともども、通算本塁打王座の推移を見て行こう。
長い表になるので3分割する。
20世紀開始から1935年まで

CHR-01


ロジャー・コナーは1880年から1997年までニューヨーク・ジャイアンツ、セントルイス・ブラウンズなどでプレーした一塁手。190㎝と当時としてはずば抜けた大型打者だった。1976年殿堂入り。

この記録を大股で追いかけたのがベース・ルース。ヤンキースに移籍して2年目にはこの記録をあっさり抜いた。

1936年から1980年まで NPBの記録も入ってくる

2


ベーブ・ルースが1935年限りで引退。その前年生まれのハンク・アーロンが追撃を開始したのが1954年。野村克也とデビューは同じだ。
1974年にアーロンはルースの記録を抜く。人種差別主義者から激しいバッシングにあった。

1936年に始まったNPBは、慶応のスラッガー山下実、早稲田出身の初代三冠王中島治康、さらには川上哲治、藤村富美男と王座が変わったのちに、初の戦後デビューの山内一弘が藤村を抜くが、1年でデビューが2年遅れの野村克也が王座につく。
野村は王座を7年保ったが、デビュー5年遅れの王貞治が1973年に追いつき、野村の激しい抵抗を退けて王座を奪う(修正)。

さらに1978年にはハンク・アーロンのMLB記録を抜いて大きな騒ぎとなった。

1981年以降

CHR-03


1986年にデビューしたバリー・ボンズは当初、5ツールプレイヤーだったが中年以降に本塁打が増加し、2001年には73本のMLB記録。2007年にアーロンの記録を抜いた。
ただしボンズは薬物によって肉体改造をしたとされ、アーロンはこれを批判している。

日本の記録は1973年以降王座に変更はない。ボンズは王の記録には及ばなかった。


2020年石山泰稚、全登板成績【ホールド相当の引き分けが8つ】

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!