清原和博の「ベストファーザー」の一件は、「野球が人を育てない」という厳しい事実と、有名人であればどんなことでもほめそやす「低レベルな大衆」の存在を浮き彫りにした。

今、清原和博が「こんな状態になっている」のは、すべて本人の責任だ。
薬物の禁断症状に苦しみ、資産や定収がなく、家族もなく、野球界に復帰することができないのは、かれが10年以上も禁止薬物を摂取し、放蕩を繰り返し、妻と離婚したからだ。社会的信用が地に堕ちているから指導者としての復帰もかなわないのも「自業自得」である。あり余る資質と能力を持ちながら、身を持ち崩して「人生の敗残者」になったわけだ。

普通、ここまで堕ちこめば、仕事や居場所を替えて「新規まき直し」を図るはずだ。職に就いて、少なくても定収が得られることを目指し、それがかなえばささやかでも社会貢献をして、世間様に顔出しができるように心がけるものだ。
いわば「真っ当な人間」になるべく、努力をすることで社会復帰が叶うのだ。セロからではなくマイナスからのリスタートではある。しかし、それができたときには、社会は彼の復帰を祝福するはずだ。

しかし清原は執行猶予満了までは姿を隠していたが、満了後は復帰前と同じ「元野球選手」というあやふやな身分で飯を食おうとしている。仕事や居場所(社会的ステイタス)を変えることなく、Youtubeという最も安易な方法で、ビジネスを始めている。

私がこれで思うのは、木下優樹菜というタレントだ。彼女は昨年、飲食店に恐喝まがいの圧力をかけたことで非難を浴び、芸能事務所の契約を打ち切られ、スポンサー契約も失い、離婚もした。しかし今年になって「一般人」となった彼女は、以前と同じようにモデル活動をし、新たなスポンサーも獲得した。これに対して広告代理店や以前のスポンサーが訴訟を起こした。反社会的な行為によってスポンサーのイメージを損ね、契約解除された元タレントが、ほとぼりも冷めないうちに平然とタレント活動を行っているのだ。彼女の「反省」を信じて、穏便な形で契約解除に応じた元スポンサーの不快感はよくわかる。
木下優樹菜はいわゆる「おバカキャラ」であり、社会常識よりも、自分の「我」を押し通す「輩」的なマインドを持っていると考えられる。

清原和博も同様だといえよう。スター選手が負うべき責任を自覚することなく、恥ずかしい事件を起こして、野球の信用を棄損しておきながら、執行猶予が満了になるとまた野球界に戻って、カメラの前で話をしている。しかも、彼は自らの背徳で捨てた妻子との復縁という私事まで報道させている。元家族の困惑も考えていない。甲子園を沸かし、プロ野球で豪打を誇った打者が、自分の情けない家庭事情まで切り売りしているのだ。

かつて清原と同様、覚せい剤の所持、使用で逮捕され、服役した江夏豊は出所後、解説者としての活動を再開したが、もともとプライベートを公表していなかったこともあり、自らの更生については一切触れなかった。江夏は200勝以上の有資格投手としては、ただ一人殿堂入りしていない。26年も前の事件であり、情状酌量の余地はあると思うが、一言も弁解することなく今に至っている。
江夏豊は「恥を知る男」なのだろう。自分の恥は、どんな言い訳をしても雪ぐことはできない。それを知っているから沈黙しているのだと思う。

IMG_9820


清原には江夏豊のような「美学」はない。

インスタを再開した木下優樹菜に20万のフォロワーがすぐについたように、清原和博のYoutubeにも多くの視聴者がいる。また「頑張ってほしい」「指導者になってほしい」という声も寄せられている。ものの道理がわからない、低レベルな人々が、これだけたくさんいるということだ。

もともと、野球界は「勝ってなんぼじゃ」「強いもんが正しいんじゃ」というスポーツマンシップとは正反対の価値観が主流を占めていた。清原はその権化のような存在だった。しかしそうした体質を嫌悪する人がたくさんいるために「野球離れ」が起こっているのだ。

清原が家族とよりを戻し、指導者として復活する物語を、私は今、承認したくない。自らの放蕩で家族を破滅させた男が「ベストファーザー」に選ばれると言いう物語は、「人情噺」ではなく質の悪い「ブラックジョーク」だと思う。


引分投手にホールドを!!

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!