川淵三郎さんは、スポーツ界の中では剛腕の実務家であり、スポーツ改革の担い手ではある。しかし、世の中のことはあまりよく理解していないようだ。
私は今から5年前の8月に1時間ほど話を聞いたことがある。バスケットボールの改革にめどがついたころだった。バスケ界に乗り込んで利権にしがみつく幹部を排除して、Jリーグと似た仕組みを作ろうとしていたのだ。こうした荒療治は川淵さんの得意技だ。Jリーグ設立に際して、旧体制を破壊して新たな組織づくりをした経験がバックボーンになっている。プレイヤーファーストとか、Jリーグ100年構想なども、そうした過程で川淵さんがリーダーシップをとって決めたものだ。

川淵さんは、スポーツ改革の担い手なのだ。しかしながら、スポーツとその外側に広がる一般社会の関係性、スポーツの社会性の問題については、非常に鈍感だ。
「何を言ってるんだ、スポーツは国民にとって不可欠だ。いいものに決まってるじゃないか、バカ言うな」というところだろうか。

五輪選手村・川淵村長単独インタビュー 開催消極的な世論に疑問、成功させて“努力の証”に

川淵さんは、他の主催者側の人々と同様に「五輪は国際公約だから断れないんだ」と言っている。
「開催は決まっているんですよ。IOCが機関決定しているから。開催か中止かを日本が言えるわけがないということを、みんな分かってなかった」
一般国民にしてみたら「知らんがな」というところだ。「よくもそんなひどい契約をしたな」という感じである。

その上で
「欧州各国と比べて死亡率などが低い日本がなぜ返上するのかと言われるだけ。それでも返上すれば、日本人は意気地がない、世界的なイベントを成功させる気概がないのかと、世界から蔑視される可能性がある」

それも「知らんがな」である。むしろ、少ないとは言え、感染者が増加している中で東京五輪を強行すれば「人命を軽視して金もうけに走るのか」と世界から蔑視される可能性がある。ブラジルのボワソナロ大統領は、感染拡大が続く中、コパ・アメリカを招致し選手、関係者に150人近い感染者を出したが、蔑視こそすれ、誰も「気概がある」とは言わなかった。

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日本国内の五輪開催の機運が盛り上がらないのをマスコミのせいにするのは、政権側と同じだ。自分たちの無能を棚に上げて「お国の方針に楯突くとはけしからん」と言っているのだ。自分たちにとって都合の悪いことは、マスコミのせいにするのは、独裁権力がずっとやってきたことだ。

川淵さんはなおもこう言っている。

「各国が反対といっているのならともかく、IOCの中でやるなと言っている国はどこもない。後世の日本人は、この時代の人間に対して落胆し、だらしないと思うに違いない」

日本以外の国にとって東京五輪は「他人事」である。他人事だから「そら、やれるんならやったほうがよろしいなあ、おきばりやす」と言っているわけで、開催できなくてもむきになって怒ったりしない。「そら、残念でしたなあ、お気の毒さん」と言っておしまいである。
感染拡大が続いているのに強行したら、後世の日本人は「太平洋戦争であんなにひどいめにあったのに、日本はまた馬鹿なことをやった」とあきれるに違いない。

川淵さんは東京オリンピックがやりたくて仕方がないのだ。自分がそうだから、周りもそうだと思っている。そうでないという人を見ると「何言ってんだ、お前は非国民か」と言いたいのだ。

しかし、一般の人にとってスポーツは「一般市民の生活の安全、安心あってのもの」なのだ。それが確保できないのにスポーツなんか、と思っている。優先順位が違うのだ。

川淵さんはスポーツと言う小さい世界の中では変革者であり、ブレークスルーを引き起こすことのできる有能な人だったが、一般社会ではただの非常識な体育会系だったということになってしまう。
国政に出たりしなくてよかったと思う。もうお引き取りいただくしかないだろう。


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