私は「なるほど」と思えば、誰の意見であれ首肯したいと思っている。
新庄が日本ハムの監督に就任した際に、Youtubeで
「心配事がひとつだけあってね。負け出したら『やーめた』と言ってバリ島に帰るんじゃないかと思って」
と言ったのは、何事も「遊び半分」でしかないように見える新庄の本質をついていると思ったから、首肯した。

しかし、今度はYoutubeで
「会見見た瞬間ね、ちょっとイラッとしました。もうちょっと(服装を)ちゃんとすると思ったんですよ。プロ野球の監督になったら、ある程度はちゃんとすると思ったんですよ」
「プロ野球100年の歴史があるんですよ。川上(哲治)監督から始まってね。絶対、プロ野球のOBたちって、絶対に口に出さないと思うんですけども、みんな嫌な気分になってるのは間違い無いと思いますよ。僕らの年代くらいまでの選手までは。若い世代はわからないですよ、平成の選手」


は噴飯ものであろう。清原自身はヤクザにあこがれ、最後は舎弟同然となって全身に龍の刺青を彫っていたが、改心して真面目な提言をしているのなら、それも受容したいと思うが、清原は殊勝な気持ちで言ったのではないだろう。

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清原は、自分のPL学園の後輩である立浪和義の中日監督就任が霞んでしまっているために、援護射撃をしたのだと思う。彼自身は「ちゃんとした服装」とは何であるか、ほとんど理解していないだろう。
今のプロ野球監督に求められる「ちゃんとした服装」とは、高級ヤクザのようなダークスーツでも、エリートビジネスマンのようなアルマーニのスーツでもない。「選手より目立たない」「服装だけで目立たない」普通の服装ではあろう。
「プロ野球は100年の歴史がある」わけではないし、川上監督から始まってもいない。そういうことも知らずに適当にモノを言っているわけだ。

立浪和義が、選手の長髪、ひげを禁止したのも時代錯誤ではあろう。プロ野球選手は単なるアスリートではなく、自らのパフォーマンスを通じて自己表現する表現者だ。彼らの外見は、彼らのクリエイティブマインドを表している。MLBではヤンキースのようにドレスコードがある球団はあるが、基本的にはユニフォーム以外の多様性を認めている。選手をみんな丸坊主にしていた日本野球は、それによって選手の個性を圧殺してきたのだ。

清原和博も立浪和義も、ろくなうわさがない野球人だった。立浪は名古屋で非合法のカジノを経営していたといわれ、そこで野球賭博で球界を負われた笠原将生が札束を手にしたSNSも流出している。
やくざが服装に気を遣うように、内側が汚い人間は、外側に気を遣うものなのだ。

何度も言うが、日本野球は、知名度や話題性ではなく「能力」で指導者を選ばないとだめだと思う。能力ある監督は、地味でも野球を劇的に変えるのは、今年のオリックス、中嶋聡監督で分かったと思うのだが。

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