野村克也が現役のころのオールスター戦は、日本シリーズと並ぶ数少ない「両リーグ対抗戦」だった。
オールスター出場が決まった選手たちは、主催球場に集まって「作戦会議」をしたものだ。特に、人気で大きく後れを取っていたパ・リーグでは野村克也などを中心に、真剣にセ・リーグの打者の攻略法を考えたものだ。

当時の新聞のスポーツ面にも「セの打撃とパの投手力か?」みたいな見出しで、試合展開の予想をしていた。監督インタビューでも「今年のうちには秘密兵器がいるからね」みたいな話が載ったりした。
実際に名場面もうまれたものだ。

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しかし最近のオールスターは「お祭り」になってしまった。一つには2005年に「交流戦」が始まって、両リーグの対戦が珍しいものではなくなったことが大きい。交流戦は、オールスターとは異なり、公式記録に載る。同一リーグと扱いは全く変わらない。真剣度が違うのだ。
さらに、FAなどで大型契約をする選手が増えて「公式戦以外での怪我、故障」を嫌う風潮が強くなった。

このあたりアメリカと軌を一にするが、巨額の契約金を手にする選手が多いMLBでは「できれば出場を辞退したい」と思う選手も増えている。健康な選手が辞退すればペナルティの対象となるが、いろいろ言い訳をすることもある。大谷翔平は昨年のホームランダービーに出てから、明らかに調子を落としたが、今年はダービーは出場しないだろうし、ちょっとでも故障があれば試合も出場しないのではないか。

また日本では「野球人気」に陰りが出て、オールスターが子供にとって「夢の舞台」でなくなったことも大きいだろう。

ただ、だからといって選手がオールスターを軽視するようになったのは、見ていて気持ちが良くはない。2013年のオールスターで中田翔が藤浪晋太郎が山なりのボールを投げたことに腹を立てた(ふりをして)、マウンドに詰め寄ろうとしたのは、完全な「茶番」だったが、オールスターを「ファン感謝祭」と勘違いしたようで不快だった。出るからには真剣にやってほしいと思った。

1996年のオールスターで、セの監督だった野村克也がイチローをマウンドに上げたパの仰木彬監督の目論見をつぶして高津臣吾を打席に立たせたのは仰木が「オールスター戦を侮辱した」と感じたからかもしれない。
大捕手、野村克也はオールスターに史上最多の21回も出場した。しかし仰木彬は西鉄の正二塁手だったがオールスターは1961年の1回だけ。思い入れが違ったのかもしれない。

ただ、そういう経緯を理解したうえで言うが「投手イチローと打者松井秀喜」の対戦は、見て見たかったなあと思う。1度くらいならいいんじゃないか、という気持ちである。




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