最多セーブと最多ホールドを記録した投手の投球内容から、クローザー、セットアッパーの起用法の変遷を見ていこう。まずはクローザー。
最多セーブを記録した投手の投球内容。セ・リーグから。なお、タイトルとしては「セーブポイント」だった時期があるので「最優秀救援投手」と一致しない年度がある。

CL-SV


日本の救援投手使いのパイオニアは間違いなく中日で、NPB初の本格的な救援投手は板東英二だが、板東が衰えると星野仙一がその後を継ぎ、鈴木孝政へとつないだ。
ただ、初期のクローザー(そういう言葉はなかったが)は、先発と掛け持ちしていることが多く、1試合当たりの投球回数IP/Gは1を大きく超えていた。規定投球回数に達して防御率1位のタイトルを取っている投手もいる。
先発救援の掛け持ちがなくなったのは、1979年の広島、江夏豊からで、以後分業は明確になった。

ただIP/Gは1を大きく超えていて回またぎが普通になっていた。これが9回限定になったのは1999年の高津臣吾あたりからだ。

Rマルティネス


パ・リーグはどうだったのか?

PL-SV


パでは野村克也監督によって抜擢された佐藤道が先発ナシの完全な救援投手として最初の最多セーブを記録しているが、佐藤は2回を投げるのが基本で今との起用法は違っていた。

しかしセパ共に野村監督によって起用された江夏豊が本格的なクローザー像の原型となっているのは興味深い。さらにその前に野村克也は佐藤道を救援投手一本で使っている。野村克也が「近代的なクローザー」の生みの親と言ってよいかもしれない。

村田兆治は先発掛け持ちだったが、そうした例は以後なくなる。

セパ両リーグともに近年のクローザーは被打率、WHIPなどの成績が極めて良い。9回限定で抜群の成績を挙げていることが分かる。

特に今年の松井祐樹の被打率は.122と史上最高だ。クローザーとして「特化」していることが分かる。

matuiyuuki


クローザーと言う公式記録ができて48年、選手、指導者は試行錯誤しながら「クローザー像」を形成していったことが分かる。



NOWAR


1982・83年松沼博久、全登板成績

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