私だって同世代が孫を抱くようになっている。うちの子供も2人ともアラサーになって、下手をすれば電車で席を譲られかねないが、気持ち的にはそうは思っていない。
一流企業の50代の管理職などと名刺交換をすると、年下なのにもかかわらず、心の中で「わー、大人のおっちゃんや」とびびったりするのだが、同時に老人の気持ちもわかるようになってきた。

長野市の青木島遊園地が「子どもの声がうるさい」というクレームによって結局、廃止に追い込まれた事件、マスコミの後追い報道によれば、先ごろ国立大学の教授を退官したたった一人の「名誉教授」のクレームだったと言う。
長野県は日本でも屈指の保守的な風土で、権威に弱い国柄だとされる。事なかれ主義の市職員が名誉教授の剣幕に恐れをなして、廃止にしてしまったのだろう。

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一流企業や大学などでステイタスのある仕事についていた男性が、現役を離れると手負いの虎のように狂暴になることがある。これまで特別扱いをしてくれた世間から「ただのおじいさん」とみなされることに狼狽し「俺をだれだと思っているんだ」と叫びたくなるのだ。
我が家の東側にも、証券会社を部長で退職した老人が妻と住んでいた。しかしいつも威張り散らす夫に愛想が尽きたか、その妻が失踪した。それからは我が家に「お前の家の落ち葉が降りこんだ」とか「犬の声がうるさい」などとクレームを言うようになった。
謝りに行くと「俺は〇〇証券のなんとか部長だったんだ、嘘だと思うなら今から電話しようか」と言った。昔の地位に必死にしがみついているようだった。
この老人は数年後に死んだが、死ぬまで子供は訪ねてこなかった。

組織に守られ、その中で出世していった人間は、結局のところ「なんで自分は評価されていたのか」が自分でもわかっていない。組織と言う後ろ盾を失うと、自己肯定感も失われ、不安で仕方なくなるのだろう。

野球界でいえば広岡達朗は、そんな一人のように見える。巨人のスター選手、そしてヤクルト、西武の監督として名声を博したが、それからでも30年が経過し、90歳になった。
しかし彼は、いまだにNPBの現役監督を呼び捨てにし、あたかも「俺に任せておけばよいものを」と言わんばかりの言辞を弄している。ご本人は付き添いがなければ外出も難しくなってきているようだが、それでも言葉だけは達者だ。
それに拍手喝さいするのは、同様に不遇をかこっている老人たちだろう。

広岡は新しい野球については不勉強だ。数年前には「若いころは投げ込んで、靱帯を太く強くするんだ。球数制限なんてとんでもない」と言った。知り合いのスポーツドクターは「すごいこと言いますね」と言ったが、要するに自分の成功体験だけで今も発言しているのだ。それでもメディアは広岡に聞きに行く。それなりにニーズがあるからだ。広岡も1回あたり数万円の小遣い稼ぎになるから、喜んで受ける。

これ「老残」の風景だと思う。誰だって人は老いてゆくが、結局、人間はいくつになっても、過去の栄光や、ステイタスではなく「時価」の自分で勝負しないと、こういうみじめな姿をさらすことになるのだろう。



NOWAR


1982・83年松沼博久、全登板成績

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