mailにて読者の方から質問をいただいたが、一人の方に詳しく説明する労力を、ブログに転用したいと思い、質問者に了承の上、私の考えを述べたい。
ここ数年来女子野球が一見盛り上がっている理由はなんなのでしょう。またある時期まで女子野球が競技として認知されなかったの理由はなぜでしょう。
女子野球は日本でも100年以上前からあったが「女子がスポーツをすること」自身が珍奇なことだった。テニス、卓球などはそれでも普及したが、女子野球は存在したが普及することはなかった。
戦時中、アメリカで女子プロ野球が始まった。男子が兵隊にとられる中で、興行的にフォローする目的もあって設立された。「プリティ・リーグ」という映画に詳しい。
戦後、占領軍は「野球」を日本占領政策に利用したが、その一環で日本にも女子プロ野球ができた。しかし日本の女子プロ野球は若い女性が太ももをあらわに野球をすることで耳目を集めたが、まともなスポーツとはみられていなかった。女子プロ野球選手は試合後は、土地の有力者の宴席でてお酌をして回るのも仕事だったのだ。
一方で野球から派生したソフトボールは戦後、日本でも普及し「男子は野球、女子はソフトボール」という棲み分けができたかのような認識が、一般的になった。
しかし、そうではなかったのだ。5年前に私はこんな記事を書いた。
女子野球選手が切り拓いた「もう一つの野球」
女子野球のパイオニアの一人、鈴木慶子さんは、プロ野球が大好きだった。高校では野球がしたかったが、チームがなかったのでソフトボールをした。しかしそれでも野球がしたかったので自ら野球チームを作り、国際大会にも出場した。
女子野球の選手の大部分は、ソフトボールの経験者だが「選択肢がなかったので、ソフトボールを選んだ人が多い」。今もそうだがソフトボールの競技者には「ソフトボールを極めたいと思っている人」と「野球の代用品として競技している人」が混在しているのだ。
20年ほど前まで、プロ野球はナショナルパスタイムだったが、男性だけでなく女性でもファンはたくさんいたのだ。野球がしたい女性は潜在的に多かったはずだが「女子野球」の理解は全く進まず「女子にはソフトボールがあるじゃないか」と思われてきたのだ。
その流れが変わったのは、2008年に第3回女子野球ワールドカップで日本が優勝したことと、2010年に女子プロ野球ができたことだろう。
2008年の女子野球ワールドカップ
この話続く。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
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1960~62年柿本実、全登板成績
女子野球は日本でも100年以上前からあったが「女子がスポーツをすること」自身が珍奇なことだった。テニス、卓球などはそれでも普及したが、女子野球は存在したが普及することはなかった。
戦時中、アメリカで女子プロ野球が始まった。男子が兵隊にとられる中で、興行的にフォローする目的もあって設立された。「プリティ・リーグ」という映画に詳しい。
戦後、占領軍は「野球」を日本占領政策に利用したが、その一環で日本にも女子プロ野球ができた。しかし日本の女子プロ野球は若い女性が太ももをあらわに野球をすることで耳目を集めたが、まともなスポーツとはみられていなかった。女子プロ野球選手は試合後は、土地の有力者の宴席でてお酌をして回るのも仕事だったのだ。
一方で野球から派生したソフトボールは戦後、日本でも普及し「男子は野球、女子はソフトボール」という棲み分けができたかのような認識が、一般的になった。
しかし、そうではなかったのだ。5年前に私はこんな記事を書いた。
女子野球選手が切り拓いた「もう一つの野球」
女子野球のパイオニアの一人、鈴木慶子さんは、プロ野球が大好きだった。高校では野球がしたかったが、チームがなかったのでソフトボールをした。しかしそれでも野球がしたかったので自ら野球チームを作り、国際大会にも出場した。
女子野球の選手の大部分は、ソフトボールの経験者だが「選択肢がなかったので、ソフトボールを選んだ人が多い」。今もそうだがソフトボールの競技者には「ソフトボールを極めたいと思っている人」と「野球の代用品として競技している人」が混在しているのだ。
20年ほど前まで、プロ野球はナショナルパスタイムだったが、男性だけでなく女性でもファンはたくさんいたのだ。野球がしたい女性は潜在的に多かったはずだが「女子野球」の理解は全く進まず「女子にはソフトボールがあるじゃないか」と思われてきたのだ。
その流れが変わったのは、2008年に第3回女子野球ワールドカップで日本が優勝したことと、2010年に女子プロ野球ができたことだろう。
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