「踊らされる」と言えば、実際に各球場の外野席で踊っている人々も、マーケティングによって「踊らされている」のだ。
もともと私設応援団は、NPB球団にとっては「痛しかゆし」の存在だった。
高校野球や都市対抗野球の真似をして、鉦や太鼓ではやし立てる一団ができたのは、昭和中期にさかのぼる。彼らは球団とは関係がなかったが、関係者とコネクションをつけるなどして、少しずつ球団内部に食い込んでいった。
中には、自分の子供の結婚式に、選手を出席させた巨人軍応援団の幹部などもいた。
プロ野球にお客が入るようになってから、こうした応援団はチケットを優先的に得たり、転売するなどおかしなビジネスをするようになった。また暴力団関係者も関わるようになった。その過程でロッテのように応援団と球団がトラブルを起こすこともあった。
2005年、暴力団及び悪質な応援団の撲滅を目的として、12球団・NPBに警察庁も組織のプロ野球暴力団等排除対策協議会が発足。私設応援団は、毎年オフに、一定の審査をクリアしないと、特別応援許可が得られなくなった。
同時期に球団は「ファンクラブ」によるリピーター戦略を展開し始めたが、ファンに提供するコンテンツとして「応援」を中心に据えることとし、私設応援団などから社会常識のあるまともな人をピックアップして幹部に据えるなどして、応援を球団がコントロールするようになった。このあたり、各球団で状況は違う。中日のように2010年代まで暴力団関係者が出入りする応援団もあったが、こうした経緯を経て、プロ野球の応援は「球団管理」のもと行われるようになった。
今の12球団の応援はすべて「ルーティン」が決まっていて、どのタイミングで応援するかも決まっている。そして球団側もそれを承知している。また応援グッズも応援団と連動している。
欧米の人なら、こうした「ガチガチに管理された応援」には抵抗感があると思うが、日本人は「管理され、みんなと同じこと」をすることに安心感を覚えるので、喜んで参加しているのだ。

その結果として、味方の攻撃中、外野席は総立ちになって一生懸命同じ動作で応援するようになった。マーケティング的に言えば、ここまで強固な会員組織を作ったことは、称賛に値する。これほどロイヤリティが高いコンシューマーを大量に作ったのは驚異的ではある。
しかしながらコンシューマーの立場で言えば、「仕組まれた需要」であるにもかかわらず、グッズを大量に買い込むファンと同様、リーダー、その背後にいる球団の意向で、いかようにでも動く人々は、本当に「自分の意志で応援している」と言えるのか、まともなコンシューマーなのか、と思う。
プロ野球には応援団ができる遥か前から、野球を観戦してきたオーソドックスなファンがいる。少数だが今もそんなファンは息づいている。彼らは控えめに言ってもこの手の騒がしくてワンパーンな応援を「迷惑に」思っている。しかし応援をするために来ているファンの多くは「自分たちと違う観戦の仕方をしている客」の存在に気が付かない。あたかも自分たちが「本流」「正統」であるかのように思っている。中には「嫌なら球場に来るな」とまで言う人がいる。滑稽ではあるが。
今やこの手の応援団なくして、プロ野球ビジネスは成立しないのだから、その存在を認めざるを得ないとは思う。
しかし、物事の「良し悪し」を自分で判断せずに(こういうと「判断している」と反論されそうだが、少なくとも外見上はそうは見えない)、誰かの指示に唯々諾々としたがっている大量の人々の存在は、私には不気味に見えて仕方がない。
少数ながらそういう思いを抱いているファンがいることを頭の端っこにおいてほしいと思う。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
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1960~62年柿本実、全登板成績
高校野球や都市対抗野球の真似をして、鉦や太鼓ではやし立てる一団ができたのは、昭和中期にさかのぼる。彼らは球団とは関係がなかったが、関係者とコネクションをつけるなどして、少しずつ球団内部に食い込んでいった。
中には、自分の子供の結婚式に、選手を出席させた巨人軍応援団の幹部などもいた。
プロ野球にお客が入るようになってから、こうした応援団はチケットを優先的に得たり、転売するなどおかしなビジネスをするようになった。また暴力団関係者も関わるようになった。その過程でロッテのように応援団と球団がトラブルを起こすこともあった。
2005年、暴力団及び悪質な応援団の撲滅を目的として、12球団・NPBに警察庁も組織のプロ野球暴力団等排除対策協議会が発足。私設応援団は、毎年オフに、一定の審査をクリアしないと、特別応援許可が得られなくなった。
同時期に球団は「ファンクラブ」によるリピーター戦略を展開し始めたが、ファンに提供するコンテンツとして「応援」を中心に据えることとし、私設応援団などから社会常識のあるまともな人をピックアップして幹部に据えるなどして、応援を球団がコントロールするようになった。このあたり、各球団で状況は違う。中日のように2010年代まで暴力団関係者が出入りする応援団もあったが、こうした経緯を経て、プロ野球の応援は「球団管理」のもと行われるようになった。
今の12球団の応援はすべて「ルーティン」が決まっていて、どのタイミングで応援するかも決まっている。そして球団側もそれを承知している。また応援グッズも応援団と連動している。
欧米の人なら、こうした「ガチガチに管理された応援」には抵抗感があると思うが、日本人は「管理され、みんなと同じこと」をすることに安心感を覚えるので、喜んで参加しているのだ。

その結果として、味方の攻撃中、外野席は総立ちになって一生懸命同じ動作で応援するようになった。マーケティング的に言えば、ここまで強固な会員組織を作ったことは、称賛に値する。これほどロイヤリティが高いコンシューマーを大量に作ったのは驚異的ではある。
しかしながらコンシューマーの立場で言えば、「仕組まれた需要」であるにもかかわらず、グッズを大量に買い込むファンと同様、リーダー、その背後にいる球団の意向で、いかようにでも動く人々は、本当に「自分の意志で応援している」と言えるのか、まともなコンシューマーなのか、と思う。
プロ野球には応援団ができる遥か前から、野球を観戦してきたオーソドックスなファンがいる。少数だが今もそんなファンは息づいている。彼らは控えめに言ってもこの手の騒がしくてワンパーンな応援を「迷惑に」思っている。しかし応援をするために来ているファンの多くは「自分たちと違う観戦の仕方をしている客」の存在に気が付かない。あたかも自分たちが「本流」「正統」であるかのように思っている。中には「嫌なら球場に来るな」とまで言う人がいる。滑稽ではあるが。
今やこの手の応援団なくして、プロ野球ビジネスは成立しないのだから、その存在を認めざるを得ないとは思う。
しかし、物事の「良し悪し」を自分で判断せずに(こういうと「判断している」と反論されそうだが、少なくとも外見上はそうは見えない)、誰かの指示に唯々諾々としたがっている大量の人々の存在は、私には不気味に見えて仕方がない。
少数ながらそういう思いを抱いているファンがいることを頭の端っこにおいてほしいと思う。
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1960~62年柿本実、全登板成績
負け犬の遠吠え
みたいな空気があるからボツ
日本には日本のやり方があるただそれだけ
迷惑?
その方々のおかげで今まで存続できているのもまた事実
やっぱり日本の野球文化を破壊したいだけの方かな?
baseballstats
が
しました