このサイトにも「山川穂高選手は“容疑”の段階なんだから、犯罪者扱いするのはよくない。ましてや部外者が」と言う声が来る。これ、間違った認識だと思う。
無名の一般人であれば、そういう配慮は必要だ。だから嫌疑がかかったレベルでは、被疑者は匿名にするのが普通だ。軽い犯罪の場合、匿名のままのこともある。

しかしプロ野球など、この国の「公共財」というべき公益性があって、しかも社会的影響力も大きい団体に属する人間に、犯罪行為の疑いが高まったときは、そうした配慮は必要なくなる。

芸能界もそうだが、プロスポーツ界も、所属するタレントや選手の知名度は極めて高い。彼らの言動は逐一報道される。最近はYoutubeやSNSなどでタレント、選手が自ら発信することも多いが、多くの場合、アフィリエイトなどの収入も伴っている。しかもそれが普通のサラリーマンの月収をはるかに上回ることも珍しくない。

そういう社会的影響力のある人間に求められるのは、一般人以上のモラル、コンプライアンスの意識だ。彼らの言動が社会に与えるインパクトは大きいのだから、それに伴う責任があると言ってもよい。
だから日常の言動にも、一般人以上に気を付けるべきだ。

yamakawa


山川穂高の事件では、警視庁が被害届を受理し、被害女性にも山川にも事情聴取を終えている。山川と被害女性の間に何らかのトラブルがあったことは、疑いの余地はない。すでに「根も葉もないうわさ」ではない。山川は文春の取材に答えて事実関係については概ね認めている。そのうえで「合意」「不合意」を争点だと彼も認識している。

この段階において山川には「有名スポーツ選手としてあるまじき行為をした」ことは明白なのだ。社会的責任が生じているのは明らかだ。
「山川選手が有罪と決まったわけではないから、加害者扱いするな」と言う理屈は成り立たない。
「有罪無罪」と加害の事実は別個に考えるべきだ。

昨日、山川は書類送検された。これからは検察庁が山川の行為について、訴訟に値するかどうかを検討することになる。

ほとんどの場合、不起訴になるようだが、だからといって山川が「潔白」だったわけでは全くない。裁判で有罪にならなければ、事件性はないと言うわけではない。今も言った通り、社会的影響力のある著名スポーツ選手として、規範意識が欠如していたのは明白であり、何らかのペナルティを科してしかるべきなのだ。

前も言ったが「強制性交」「強制わいせつ」「強制わいせつ致傷」で過去に書類送検された4人のプロ野球選手で、起訴されて有罪になったのは1人だけだが、あとの3人も含め、全員プロ野球界をやめているのだ。焦点は「有罪になるかどうか」ではないのだ。

また、こうした問題は当事者間で決着をつけることで、外部の者がとやかく言うべきではないと言う意見もあるが、これなどは「社会のルールを、社会の構成員すべてで守っていこう」というコンプライアンスの観念が全く欠如している。
「人様のことに赤の他人が口出しすべきではない」というのは、江戸時代以前の村落社会の観念だ。

こういう事件については、誹謗中傷や根も葉もない虚言は良くないが、わかっている範囲で、みんなで考えていくべきだと思う。そのためにネットがあるのではないか。


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