野球の記録で話したい イメージ画像

更新情報

40歳を過ぎてへとへとという感じの昨今だけを見ると、矢野は細い体に鞭打って頑張るただの“ベテラン捕手”に過ぎないが、実は阪神史上最強の捕手だった。少し長い表だが、2リーグ分立後の阪神の歴代捕手の一覧を見ていただきたい。

阪急、オリックスとこの球団には俊足好打好守の外野手の系譜がある。福本、蓑田、本西、藤井、イチロー、田口、谷。その系譜に連なると期待された若い選手が死亡した。   原因などは全くうかがいしれない。現役中に死亡した選手としては、南海ホークスの内野手久保寺や、広
『小瀬浩之、突然の死|エピソード2009-49』の画像

今年も谷は、巨人の4番目か5番目の外野手である。アレックス・ラミレス、亀井義行、松本哲也、鈴木尚広、さらには高橋由伸らがひしめく中で、優先順位は決して高くはない。昨年も李承燁の不振で亀井が1Bへまわらなければ、谷の出番はさらに減ったはずだ。 37歳を迎える谷に
『谷佳知に託すもの|エピソード2009‐48』の画像

1997年の暮れだったと思う。京都で食事をしていると、遅れてやってきた知人が「今、誰と打合せしていたかわかる?」と興奮した面持ちで言った。「誰?」と問い直すと「ヨシノブ!タカハシヨシノブ!」と押し殺すような声で言った。その席にいた人間はみな「えー!」と叫んで
『高橋由伸のもったいなさ|エピソード2009‐47』の画像

引き続きパリーグの新外国人補強策を見ていきたい。 各選手を紹介したページにリンクしています。 ➔をご参照ください。   ■日本ハム RHPブライアン・ウォルフ ➔DATA    MLBでの実績 C 72試合 5勝5敗0SV ERA3.81 WHIP1.22  期待度 C 年俸40万ドル 1年 Born

すいません。広島の2選手が抜けていましたので、もう一度アップします。 キャンプが始まり、NPB各球団の戦力がほぼ固まりつつある。今年の新外国人もだいたい決まったようだ。 各チームの新外国人獲得政策を見ていると、チームの補強の考え方が見えてくる。これを評価してい

一時は引退と報道された今岡が、千葉ロッテマリーンズで再起を期すことになった。背番号は2。キャンプに帯同してテストを受けていたが、合格した。   今岡は、バットコントロールの良い打者であり、三振が少なく高打率を残した。しかし、四球はあまり選ばず、チームバッテ
『今岡誠、ロッテと契約|エピソード2009-45』の画像

2010年の川上が、ローテーションの一角でスタートできるかどうかは、チーム事情によるところが大きい。エースのバスケスがNYYに移籍した。ただ、2009年最終盤に川上から先発の座を奪ったハドソンと3年契約をした。MLB通算148勝の実績ある投手だ。それを勘案すると川上はロー
『川上憲伸の試練|日本人MLBプレイヤーの2009-29』の画像

スタンフォード大学出のインテリ選手としても知られるライアン・ガーコとSEAは55万ドル+インセンティブ107.5万ドルの1年契約を結んだ。 全米代表に選ばれた頭脳派の捕手、そして好打者として注目されたガーコは、2003年3順目でCLEに入団。ボーナスは27万ドル。マイナー時代
『ライアン・ガーコ SEAへ|エピソード2009-45』の画像

今年になってからも多くの選手が移籍した。めぼしい選手だけでも数十人になる。そのすべての記録を紹介したいのだが、一人ひとり記事にしていると、更新情報が多すぎて読みにくくなってしまう。でも、STATSを紹介したい。そのジレンマを解消すべく、「記録庫2009(シーズン開

1月29日、SEAはFAになっていたARIのOFエリック・バーンズと1年契約をした。ARIはこの選手と2008年から3年3000万ドルという契約をしていたが、最終年の年俸1100万ドルの内、SEAは40万ドルだけを負担し、残りはARIが支払う契約だ。   俊足好守好打の外野手という触れ込みだが
『SEA、エリック・バーンズと1年契約|エピソード2009‐44』の画像

2009年のスプリングキャンプで、川上は5試合に先発し、2勝1敗ERA1.74と上々の数字を残した。期待感を持って迎えたデビュー戦はQSで初勝利を上げるも、4月の終わりには短期にDL入り。以降は、勝ったり負けたりの状態が続いた。   黒田のMLBでのSTATSを参考にするなら、川上
『川上憲伸の誤算|日本人MLBプレイヤーの2009-28』の画像

田口のMLBでのキャリアは2009年で終わったようだ。Orixとの契約が間もなく結ばれる。丸8シーズンの挑戦は、NPBの標準的な野手がMLBでどれだけ通用するかの実験でもあった。   イチローと同期。イチローよりも4歳年上(つまり高卒と大卒の差)だった田口は、内野手として入団
『田口壮の冒険は終わった。|日本人MLBプレイヤーの2009-22』の画像

観客動員数の記録、続いて1969年、   第一次のエクスパンションが完成した69年。24球団がそろったばかりであり、多くの球場はガラガラだった。この時期、日本の巨人は主催65試合すべてで5万人動員を誇っていたから、NYYの3倍近い観客が訪れていたことになる。NFL、NBAなどの
『MLB観客動員に見る盛衰の記録-2|野球史』の画像

ペドロ・マルチネスがラモン・マルチネスの弟だとはしばらく知らなかった。LADの先発投手として野茂などとローテーションを組んだラモンは193cm78kgという針金のような体。打たれる、歩かせる出入りの多い投球ながら、要所を締める投手だった。 弟のペドロは、180cm88kg、野
『ついてなかったペドロ・マルチネス|2009ベテランの勤務評定-05』の画像

2007年でNYYの守護神、マリアノ・リベラは終わると思った人は多いのではないか。この年、WHIPが1.12に下落。ERAも3点台になり、並みのクローザーの成績になった。四球はめったに与えなかったが、被安打がイニング数とほぼ同じになった。特に開幕直後の4月後半、OAK、BOS相手
『マリアノ・リベラの復活|2009ベテランの勤務評定-04』の画像

Gファンですが様の示唆を頂いて、MLBの観客動員数を調べた。その草創期からデータとしては揃っているが、長大な表になるので、1949年から10年区切りでたどることにしよう。まずは1949、1959年。   戦後間もなく、選手が続々と復帰したMLBは復興期にあったが、まだ球場は満杯
『MLB観客動員に見る盛衰の記録-1|野球史』の画像

ヤクルトは、ARI傘下AAAのRENOにいたトニー・バーネットを獲得した。年俸は40万ドル+出来高の1年。今日時点でRENOのロースターにはアクティブで載っていたから、報道にある「前ダイアモンドバックスの」というのは、間違っているように思う。 バーネットはアラスカ生れ。20
『ヤクルト、右腕バーネットと契約|エピソード2009-39』の画像

現役投手の完投(CG)数のランキングは以下のとおりである。   現役と言っても、先日引退を表明したランディ・ジョンソンをはじめ現在のロースターに乗っていない大物投手が多い。ベスト10の投手で今も第一線で投げている先発投手はハラデーだけである。11位以下にカーペン
『ハラデーの新しい挑戦|2009年の注目選手-13』の画像

2009年のSEAには、キャリアではじめて規定打席に達した移籍組が2人いた。ブラニャンとグティエレス。いずれもまずまずの数字を残した。GMは仕事をしたといってよいと思う。 その一人、1983年生まれ、イチローと10歳違いのグティエレスと年俸調停を回避し、4年契約を結んだ。2
『Fグティエレス、SEAと4年契約|エピソード2009-39』の画像

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