ナリーグ、長打数のランキング。規定打席以上である。 長打数でも、その比率でも、長打率でもプホルズがナンバーワン。傑出した存在であるのが分かる。続いてハワード、そしてフィルダー、ブラウンのMIL勢。アリーグとは打って変わって長距離打者が並ぶ。ナリーグは打率も
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巨人、ゴンザレス兄と契約へ|エピソード2009-32
巨人は、SDのエドガー・ゴンザレスと契約を結ぶようだ。今やナリーグを代表する強打者の一人、エイドリアン・ゴンザレスの兄貴である。 この選手のプロ生活はけっこう大変だったのではないかと思う。両親はメキシコ人だが、サンディエゴ在住。サンディエゴ州立大から2000
ライアン・ブラウン プホルズに立ち向かう打者|2009年の注目選手-10
ライアン・ブラウンは最新のスラッガーである。NCAAきっての名門大、マイアミ大学で3年連続OPS1.000オーバーを記録。1年生の時にKcから6順目で指名されていたが、3年後にはMILから1順目(全体5位)へと評価が上がった。そしてMLB機構入りしてから足掛け3年、199試合でMLBに駆
アリーグで一番長打を打った打者は?|2009年のMLB、NPB-13
長打とは、安打数から単打を引いたもの。二塁打、三塁打、本塁打である。長打数の多い打者は、本塁打は打つがあとはからっきしの打者よりもはるかに怖い。チームの貢献度は高い。規定打席以上のアリーグの長打数のランキングである。 2009年NYYのMVPを選ぶとするならば、タ
ランディ・ジョンソン、名誉ある引退|2009ベテランの勤務評定-03
ランディ・ジョンソン引退。自分で潔く幕引きをしたのは、このクラスの大物としては、2007年限りのクレイグ・ビジオ、2008年限りのマダックスがいるが、バリー・ボンズ、ロジャー・クレメンス、サミー・ソーサ、フランク・トーマスらが煮え切らないエンディングを迎えている
セス・マクラング、MILからFLAへ。2月6日|記録庫2009
速球派の先発兼セットアッパー。99年に5順目でTBに入団。速球派の投手として頭角を現した。MLB昇格直前の2003年にトミー・ジョン手術をするが、速球は衰えなかった。長身巨漢、投げおろしの威力ある球が武器だが、コントロールが悪く、先発投手としては目立った成績は残して
ギレルモ・モタ LADからSFへ。 2月2日|記録庫2009
ドミニカ出身のモタは、1990年NYMと契約。以後96年までSS、3Bとしてマイナーでプレーするが、三振が多く荒いバッティングの上にエラーが多かった。そこで強肩を活かして投手に転向。マイナーリーグからスタートし、優秀なSTATSを上げて99年にはMLBにデビューした。以後、毎
ジョシュ・フォッグCOLからNYMへ。1月29日|記録庫2009
大学、マイナーの時はクローザー、セットアッパーだったが先発に転向し、PITで3年連続10勝を挙げた、球威はなく微妙な球筋を投げ分けて、打たせて取るタイプ。またスタミナもないが、打たれながらも数字を残していくしたたかな投手だった。しかしここ2年は成績を落としていた
ミゲル・バティスタ、SEAからWANへ。1月29日|記録庫2009
2007年に限ればSEAでエース級の活躍をしたバティスタだが、年々成績を落とし、2009年はセットアッパーに。それなりに好投したが、900万ドルと言う年俸に見合う働きとはとても言えなかった。城島との相性が良い数少ない投手の一人でもあったが。 腰に故障を抱えており、球威が
ホゼ・コントレラス COLからPHILへ。1月28日|記録庫2009
キューバに対するMLBの認識を変えてしまった投手である。2003年、つまり松井が入団した年にBOSとの争奪戦の果てにNYYに入団。しかし、故障に加えて成績もぱっとせず、2年15勝でCHWに移籍。ここではローテーションの一角を守ったが、前評判の剛腕投手と言うより打たせて取る老
ジョン・ガーランド、LADからSDへ。1月26日|記録庫2009
MLBで最も安定感のある投手の一人であるジョン・ガーランドはLADから同地区のSDへ移籍した。470万ドルの1年契約で翌年は双方にオプションが付いている。 97年CHCの1順目で入団。以後先発投手として成長し、2002年からはローテーションの一角として毎年二桁の勝ち星を上げる
ベン・シーツ、MILからOAKへ。1月26日|記録庫2009
長くMILのエースとして活躍してきたシーツだが、2008年9月にひじを痛めて2009年はシーズンを棒に振った。1年空白があるのにもかかわらず、1000万ドル+出来高の1年契約。 シーツは99年1順目でMILに入団。先発投手として3年目にはMLBに昇進し、重たい速球と抜群の切れがある
ホセ・アルレドンド、LAAからCINへ。1月22日|記録庫2009
ドミニカ出身。2008年に速球とスプリッターでセットアッパーながら10勝を挙げブレークした。三振の取れる投手であり、K-ROD二世とまで言われたが、一転打ちこまれ、通用しなくなった。球速が落ちたのが原因ではないかと思われる。春先のWBCでの登板の影響があったかもしれな
左腕リッチ・ヒル、BALからSTLへ。1月22日|記録庫2009
2007年1年だけながら、BALの先発投手として安定した成績を残したリッチ・ヒルは、2002年4順目でCHCに入団した。切れ味のある速球とチェンジアップで三振をバッタバッタととるタイプだが、安定感がなく、ときに四球を連発したり、連打を食らったりした。ここ2年はマイナーとML
ダグ・デイビス、ARIからMILに。1月22日|記録庫2009
MLBの先発投手は31、2回登板するのが普通だが、この投手は34、5回は先発する。タフで故障の少ない投手。四球をたくさん出すがとにかく試合は作るというタイプだ。2008年の春に甲状腺がんが見つかるが初期であり、手術をしてシーズン後半には復帰。2009年は先発でシーズンを投
ジョエル・ピネイロ、STLからLAAへ。1月22日|記録庫2009
エースのジョン・ラッキーが抜けた穴を埋めるべくLAAが獲得したのは、ライバルSEAの元エース、ピネイロだった。2年契約で1600万ドル。 ピネイロは1997年12順目と言う低い順位でSEAに入団。次第に実力をつけて2000年にMLBへ。コントロールが良く、無駄球を使わない経済的な投
ホセ・バルベルデ、HOUからDETへ 1月19日|記録庫2009
HOUのクローザーであるバルベルデが2年1400万ドル+3年目はチームオプション900万ドルでDETと契約。ドミニカ出身。マイナー時代からクローザーとして起用されたが、本格的な活躍をしたのは2007年から。いわゆる動く速球の持ち主である。DETは、LAAに移籍したロドニーの後釜を
ラス・オーティズ、HOUからCOLへ。1月17日|記録庫2009
一時はSF、ATLのエースとして君臨したオーティズがマイナー契約でCOL移籍である。95年4順目でSFに。NCAA、マイナー時代はセットアッパーだったがMLB昇格後に先発に転向し、速球主体の投球で頭角を現した。2003年には21勝を挙げたが、2005年ATLに移籍してからは故障がちとなり
D.Jカラスコ、CHWからPITに。1月16日|記録庫2009
2006年、2年5億円と言う高額の契約を福岡ソフトバンクホークスと結びながら全く通用しなかったカラスコだが、2008年にCHWに復帰してからは手堅いセットアッパーとして数字を残している。マイナー契約だが、使える選手が限られているPITでは重宝されるのではないか。 私のサ
ホルヘ・ソーサ、WANからBOSに。1月15日|記録庫2009
ドミニカ出身。95年に外野手としてCOLに入団。強肩を見込まれて投手に転向。セットアッパーとして6球団を歩いた。2005年ATLでは先発投手陣が次々と呼称する中で、急きょ先発に起用され13勝を挙げたが、翌年以降成績が急落している。マイナー契約。BOSは使えれば幸いという感



















