FA制度が日本に導入されて今年で19年。国内FAで延べ56人の選手が移籍した。この間、制度の変更はあったが人的補償は最初から認められていた。しかし人的補償を実施したのは12例に過ぎない。
彼らが移籍先でどのような実績を残したかを追いかけてみた。

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人的補償で移籍した選手で、1軍の試合に出なかった選手はいない。巨人が絡むケースが多い。
初の人的補償選手は95年に巨人から日本ハムに移籍した川邉忠義。この投手はそれまで1軍での実績がなかったが、移籍後初めて1軍に上がり、中継ぎ投手として投げた。結局1軍での登板はその年だけだったが、移籍して日の目を見た選手だったと言えよう。

人的補償で移籍する選手は、盛りを過ぎたベテランと、出場機会に恵まれなかった中堅選手に分けられる。工藤公康や江藤智のようにFAで移籍した揚句、今度は自分が人的補償選手になった例もある。シビアな現実だ。

投手は先発として活躍した例は少なく、中継ぎが中心だ。しかし、野手では移籍後、大活躍した例が散見される。
赤松真人は、当時の分厚い阪神外野陣の壁に阻まれ、出場機会に恵まれなかったが、広島では立派なレギュラーとなった。ファインプレイも見せた。阪神は2009年オフに赤星憲広が突如引退したが、赤松を手放したことを後悔したことだろう。

ヤクルトの福地は人的補償で移籍後、盗塁王のタイトルを2度も獲得している。それまでシーズン最高で28盗塁だった選手が、2年連続で42盗塁を記録。水を得た魚とはこのことだろう。
28人のプロテクトを外れるには、それなりのチーム事情がある。しかし、外れた選手が戦力的に劣るとは一概に言えないことがわかる。

「残りものに福がある」ではないが、プロテクトを外れたことに対して奮起することもあって、予想以上に活躍するケースが多いのだ。

今季は、村田修一に加えて、人的補償が発生するケースが2例ある。ソフトバンク、巨人はぜひ相手チームの「掘り出し物」を獲得してほしい。

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