同世代でもあり、津田恒実の死は大きなショックだった。津田の8年前に死んだ南海の久保寺雄二とともに、「元気な人間でも、こうやって死ぬんだ」という自明のことを思い知らされた。遺族、ファンの衝撃は大きかったに違いない。
しかし、それとこれとは別の話だ。



津田はこれまで殿堂入りの主たる基準とされてきた勝ち星で、他の選手に大きく及ばない。タイトル獲得数でも、セーブ数(これまでセーブ数で選ばれた選手はいないが)でも、突出した成績は上げていない。要するに、津田恒実が野球殿堂入りした根拠は、「壮途半ばで死んだから」ということでしかない。
有名なルー・ゲーリッグも病を得て引退し翌年死亡した。しかし彼が殿堂入りしているのは「若くして死んだから」ではない。それまでに三冠王一度を含む偉大な成績を上げていたからだ。MLBには死球を頭部に受けて29歳で死んだレイ・チャプマンという遊撃手がいた。彼の死によって打者はヘルメットを着用するようになった。彼の死はMLBの歴史に深く刻まれているが、殿堂入りはしていない。
津田恒実の名が殿堂入り候補に挙がったのは、1999年ころからだ。このころは全く届かない数字だった。2005年にはその名が消えるが、2009年再び現れ111票、2010年153票、2011年212票と数字が伸び、今年有効投票数の75%を1票上回る237票で殿堂入りした。
プレイヤー表彰の期限は引退後20年。1991年に引退した津田は今回が最後の機会ではあった。しかし、プレイヤー表彰にこだわる根拠が全く分からない。
現役中、あるいは若くして死んだ選手は、津田や前述の久保寺以外にもいる。ダイエーのセットアッパーの藤井将雄、中日の加藤斌、最近では一昨年のオリックスの外野手小瀬浩之が記憶に新しい。また戦争によって死亡した野球選手も枚挙にいとまがない。彼らが選ばれず、津田恒実が選ばれた根拠は何なのか。生前の成績が少しだけ良かったからなのか?
また、津田同様クローザー、ストッパーとして活躍した投手は数多い。津田より先輩で、津田よりも多くのセーブ数を挙げている投手には、江夏豊(193)、大野豊(138)、斎藤明夫(133)、鹿取義孝(131)、山本和行(130)、牛島和彦(126)、郭源治(116)、角盈男(99)、鈴木孝政(96)、金城基泰(92)がいる。殿堂入りした選手はいない。他の選手が選ばれなかったのは「途中で死ななかったから」なのか?
「津田は生きていれば、多くのセーブ記録を挙げたはずだ」という意見もあろうが、それはすべての夭逝した選手に言えることだ。可能性まで選考基準に入れてしまえば、収拾がつかなくなる。
あえて言うが、津田恒実は、記者諸氏の「情緒」「ムード」で選ばれたのだと思う。新聞記者はそういうメンタリティで仕事をしてよいのか?
今朝の新聞各紙はもろ手を挙げて津田の殿堂入りを祝福しているが、それは「死者を悼む気持ちには誰も刃向えない」という鉄板の良識があるからだ。しかし、おかしいものはおかしい。
大げさなことを言うが、かつて新聞は、読者をあおって誤った戦争へと導いた「前科」があった。そのころと体質は変わっていない。相変わらず「一般人が喜びそうな」ニュースを作り上げるのが大好きだ。
津田恒実を殿堂入りさせるのなら、他の夭逝した選手たちも考慮すべきだ。また、選手枠ではなく、特別枠で顕彰すべきだ。
一言でいえば「不公平」だ。生きていようが、不幸にして死のうが、野球選手たちは懸命に野球をしている。彼らを評価する基準は、数字であれ、プレーの印象度であれ、野球界への貢献度であれ、一定であるべきだ。
新聞記者諸氏は「美談」を作り上げたことで、野球殿堂の権威を貶めている。
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津田はこれまで殿堂入りの主たる基準とされてきた勝ち星で、他の選手に大きく及ばない。タイトル獲得数でも、セーブ数(これまでセーブ数で選ばれた選手はいないが)でも、突出した成績は上げていない。要するに、津田恒実が野球殿堂入りした根拠は、「壮途半ばで死んだから」ということでしかない。
有名なルー・ゲーリッグも病を得て引退し翌年死亡した。しかし彼が殿堂入りしているのは「若くして死んだから」ではない。それまでに三冠王一度を含む偉大な成績を上げていたからだ。MLBには死球を頭部に受けて29歳で死んだレイ・チャプマンという遊撃手がいた。彼の死によって打者はヘルメットを着用するようになった。彼の死はMLBの歴史に深く刻まれているが、殿堂入りはしていない。
津田恒実の名が殿堂入り候補に挙がったのは、1999年ころからだ。このころは全く届かない数字だった。2005年にはその名が消えるが、2009年再び現れ111票、2010年153票、2011年212票と数字が伸び、今年有効投票数の75%を1票上回る237票で殿堂入りした。
プレイヤー表彰の期限は引退後20年。1991年に引退した津田は今回が最後の機会ではあった。しかし、プレイヤー表彰にこだわる根拠が全く分からない。
現役中、あるいは若くして死んだ選手は、津田や前述の久保寺以外にもいる。ダイエーのセットアッパーの藤井将雄、中日の加藤斌、最近では一昨年のオリックスの外野手小瀬浩之が記憶に新しい。また戦争によって死亡した野球選手も枚挙にいとまがない。彼らが選ばれず、津田恒実が選ばれた根拠は何なのか。生前の成績が少しだけ良かったからなのか?
また、津田同様クローザー、ストッパーとして活躍した投手は数多い。津田より先輩で、津田よりも多くのセーブ数を挙げている投手には、江夏豊(193)、大野豊(138)、斎藤明夫(133)、鹿取義孝(131)、山本和行(130)、牛島和彦(126)、郭源治(116)、角盈男(99)、鈴木孝政(96)、金城基泰(92)がいる。殿堂入りした選手はいない。他の選手が選ばれなかったのは「途中で死ななかったから」なのか?
「津田は生きていれば、多くのセーブ記録を挙げたはずだ」という意見もあろうが、それはすべての夭逝した選手に言えることだ。可能性まで選考基準に入れてしまえば、収拾がつかなくなる。
あえて言うが、津田恒実は、記者諸氏の「情緒」「ムード」で選ばれたのだと思う。新聞記者はそういうメンタリティで仕事をしてよいのか?
今朝の新聞各紙はもろ手を挙げて津田の殿堂入りを祝福しているが、それは「死者を悼む気持ちには誰も刃向えない」という鉄板の良識があるからだ。しかし、おかしいものはおかしい。
大げさなことを言うが、かつて新聞は、読者をあおって誤った戦争へと導いた「前科」があった。そのころと体質は変わっていない。相変わらず「一般人が喜びそうな」ニュースを作り上げるのが大好きだ。
津田恒実を殿堂入りさせるのなら、他の夭逝した選手たちも考慮すべきだ。また、選手枠ではなく、特別枠で顕彰すべきだ。
一言でいえば「不公平」だ。生きていようが、不幸にして死のうが、野球選手たちは懸命に野球をしている。彼らを評価する基準は、数字であれ、プレーの印象度であれ、野球界への貢献度であれ、一定であるべきだ。
新聞記者諸氏は「美談」を作り上げたことで、野球殿堂の権威を貶めている。
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コメント
コメント一覧
ま、なんの実績もなければダメでしょうが、セーブ王1回、新人王、オールスター5回、立派なものじゃないですか。
江夏さんが殿堂入りできないのは、塀の中に入ったからなんでしょうね。
もっと解せないのは、マスコミの経営者、球団保有企業や大学のトップだった野球なんてどうでもいい、もしくは野球をダシにして一儲けといったジジイ(女性はいませんから)どもが、殿堂入りしていることです。この連中を殿堂から外すことから始めませんか。
オーナーの資金なくんば球団は成立しないということなんでしょうが。
誤解を恐れずに言いますが、少なくとも津田は野球殿堂に「競技者」として選出される資格はなかったと思います。
野球体育博物館のHPには「野球殿堂は、日本の野球の発展に大きな貢献した方々の功績を永久に讃え、顕彰するために創設された」とあります。
記録以外の貢献や人気が影響するのは全く構わない、むしろ当然と思いますが
今回の場合は、それが全てでは無いにしろ「壮途半ばで死んだから」という要素が
大部分を占めていることは事実でしょう。
監督・審判など現役時の実績以外で殿堂入りした人物を除いてと並べると、
はっきりとした違和感を感じますね。
志半ばで亡くなった名選手の表彰は別枠で有るべきだと、私も考えます。
しかし、なぜ数年前から再評価(というか再票集か)の動きがあったのでしょうか。
詳しい事情が分からないので、不思議です。
・・・が、今回の殿堂入りについては、広尾さんの意見を全面的に支持します。
広尾さんの指摘に加えて、ファンとして選出に違和感を感じる一番の理由は、津田さんがそんなこと(殿堂入り)を望んでいないような気がするからです。
一ファンとして知る限り、津田さんは、シャイで控えめな人でした。少なくとも対外的な名声を求め、アピールすることの少ない人であったと認識しています。また奥さんの晃代さんも、派手なことを望む方ではなかったと思います。
そんな津田さんが、先輩たちよりも大きく劣る成績での殿堂入り、特に先輩である大野豊や江夏豊両氏よりも先の殿堂入りを望むとはとても思えません。
一昨年に亡くなった木村拓也氏についてもそうですが「亡くなった人を讃えて何が悪い」という、表面的な良識を笠に着たネタ作りに感じて仕方ありません。
故人を取り上げるのならば、もっと適切で丁寧な取り上げ方があるはず。「別に悪いことじゃないからいいではないか」という扱いは、故人に対して、失礼なことのように感じます。
三冠王1回、首位打者2回、本塁打王1回、打点王4回、MVP1回……。
確かに実働年数が少ないとはいえ、これほどのプレーヤーが外国人助っ人だからと『別枠』扱いでは、確かにNPB関係者たちの狭量さのようなものを感じてしまいます。
最強助っ人の草分けの一人として、NPBへの貢献は同レベルの活躍をした選手よりも上だと思うのですが。
baseball Journalには他にも津田さんの殿堂入りに反対する意見がありましたね。まあ一歩間違えば故人への冒涜とも取られかねませんし(無論書き手にはそんなつもりは無いにもかかわらず、ですが)、なかなか声を大にして言えることではありませんが……。
ただ、中日ファンの私としては、既に日本の殿堂入り投票に関して正義というものを全く期待しておりません。
三冠王三度の落合博満という傑出した打者が、殿堂入り投票でどのように遇されたかを見れば一目瞭然というものです。しかも二度の落選時には、ともに有効投票にあと1票足りないというオマケつきです。
これを偶然と呼ぶには少々できすぎの感があります。
アメリカでは当たり前ですが、殿堂入り選手の投票に限らず、MVPやベストナイン、ゴールデングラブなどの記者投票による賞は、記名式の投票にしてもらい、どの記者が誰に投票したのかわかるようなシステムにしてもらいたいですね。そしてその人に投票した理由を問われれば公の場できちんと説明できるのが本当のプロフェッショナルだと思います。
これは世界に日本プロ野球殿堂は人種差別団体だと公言したようなものでは・・・
本題と関係ありませんが、野茂は日本の野球殿堂に入れるのでしょうか。
イチロー、松井ら、これから先MLBにいった選手達がどのような扱いになるのかも興味深いです。
ただ、2009年の候補者30人の名簿発表時に斉藤明雄らとともに新候補者15人のうちの1人として名前が挙げられていました。これがきっかけではないかと思います。
ちなみに2009年の投票では、津田は111票を集めて5位になっていますが、これは新候補者としてリストアップされた中ではずば抜けて多いです。
それ以外の当時の新候補者14人の中で最多得票を集めたのは、13位タイだった高橋慶彦の24票です。明らかに不自然です。
津田のことに思いを馳せるのに、殿堂入りしか方法がないわけではありません。
2009年にできたマツダスタジアムに移設した津田プレートしかり、同じく2009年に発売されたCD「炎のストッパー」しかり、さまざまなかたちで津田のことを語りついでいくべきだと思います。
既に何人かの方が述べられておりますが、「お上」が選ぶような野球殿堂なんて物はスルーした上で、このブログのように、記録は記録、記憶は記憶として、ファンが語り合えば良いと思います。
こうした意見が出てくることは予想していましたが、「津田選手の殿堂入りそのものにケチをつけるつもりはない」の一言くらいはあっていいと思います。
著者様は少しデータや数字にこだわりすぎておられるように思います。客観的に見れば津田投手の残した数字は物足りない面もありますが、名球界とと殿堂は少し別の視点で見るべきでしょう。
ケチをつけている気はありませんが、津田の殿堂入りに異議申し立てをしているわけです。不公平なうえに、俗受けを狙った選考のように思えたので。
文中にも書きましたが「死者を悼む気持ちには誰も文句が言えない」という良識を盾に、新聞はおかしなことをしようとしていると思います。
厳しかったことも今回の選出が問題視される要因の一つでしょうね。
特別表彰を除き投手は全員200勝、打者は2000本安打+αの何かがあって当たり前というものでしたから。
>kamunicate様
とても参考になりました。規定の変更により再リストアップされたのですね。
なぜそれ以前より遥かに票が増えたかは分かりませんが、マツダスタジアムの
完成が一つの契機にはなっているかもしれませんね。
激しく同感です。津田は素晴らしい投手だったと思いますし、例えば原とのああいう「命を削るような対決」は、今では二度と味わえないのではないでしょうか。
そこで「折衷案は無かったのか」という方向へ持っていけばよかっただけなのです。若くして亡くなった片をすべて表彰して、そこで津田を代表者にするとか、そういった粋な計らいはあっていいが、何と戦っているのかはしらないが、何から何まで否定しようとしている。
しかし、最近の人は、まァ例えば落合さんであれば、バカみたいに監督として神格化するあまり、現役時代の印象を薄くしてしまっているようなところがある。で、それをすっかり忘れて殿堂入りしないのはおかしいとか後になってバカ騒ぎする。ネット市民は変に何か別のものと戦いすぎて、全くこの最強のメディアを生かせてないんですよね。
1試合1試合をとらえれば、素晴らしい投球をした人はたくさんいたでしょう。感動を与えた選手も数多くいたと思います。しかし、野球殿堂入りの基準は単なる「感動をありがとう」ではないと思います。それでは人気投票になってしまいます。
プレイヤー表彰でいえば、NPBの発展に貢献した選手。多くの試合に出場し、より多くの観客に長く感銘を与えた選手、あるいは球史に残るような偉大な活躍をした選手が選ばれるべきだと思います。
津田は活躍の期間が短いうえに、その密度でも“足りない”という印象があります。怒られるかもしれませんが、彼が世間に一番感動を与えたのは「若くして死んだ」ことだったと思います。
新聞記者は、スポーツを見るのが仕事です。一般人よりも目が肥えていてしかるべきです。また野球の歴史的な流れを理解して、人選を行うべきだと思います。
変な言い方ですが、この人選なら素人でもできると思います。
分かってる?
題字つけるにしてもご遺族が見かけたときどういう気分になるか
考えたことある?
> 分かってる?
> 題字つけるにしてもご遺族が見かけたときどういう気分になるか
> 考えたことある?
当然、考えて書いています。
津田の長男は受賞を聞いて「複雑な気持ち」とコメントしていました。彼も元野球人ですから、この受賞の微妙さを感じたのではないでしょうか。
アンジェイ・ワイダに「大理石の男」という映画がありますが、それさえ連想してしまいます。
なぜこの記事に疑問を抱くメディアがないのだとうと思っていたところにジャストタイミングです!
私も記事を見ていて、200勝投手の北別府投手が選ばれたのは素直に評価しましたが、津田投手?なんで?とすぐにきましたよ。
先日レッズのバリー・ラーキン投手の大甘殿堂入り記事についてやや批判的な記事を出していましたが、私に言わせれば、この津田投手の殿堂入りこそ”大甘”そのものです。
言っておきますが、私は彼の現役時代の成績や病気との闘い、残されたご家族の思いを批評する気はこれっぽっちもありません。
ただし競技者殿堂入りとなった今、「なぜ彼が選ばれたの?」、「えっ?じゃあ選手の殿堂入りの記録の基準て何?」、「短期間に大活躍してそのあと病死すればそれは殿堂入り候補に有力な手段となるのか?」 と皆思うし、今後の殿堂入りの基準に混乱を起こすことは必至ですよ。
MLBでもAddie Jossという投手が実働9年、10年目に31才で病死した後、特別に殿堂入りしたケースがあります(MLBでは選手生活が10シーズン以上ないと殿堂入りできない規則になっている)。ただ彼の場合はデビューから8年連続して非常によい成績を残し続け、数々のタイトルをとったり完全試合を達成したりして、入団10年目シーズンに1試合でも登板していれば正規資格があっただけにこういった配慮はアメリカの懐の広さに感心できるのですが。。。
(参考)Addie Joss
http://www.baseball-reference.com/players/j/jossad01.shtml
これに関して野球好きな人だけが議論しているのが不思議です。
スポーツマスコミがもっと話題にすべきなのです。
私も新聞で書きたかったのですが、さすがに止めた方がいいということで例年のようにブログにしました。
http://weblog.hochi.co.jp/hiruma/2012/01/post-96a7.html#more
お越しいただき、光栄です。よろしければリンクを張らせてください。
ありがとうございます。
木村拓哉も殿堂入りか?
自殺の伊良部も殿堂入りか?
津田選手殿堂入りに対するご意見、まったくの同感です。
統一球の影響関連またお願いします。
津田さんの息子さんが戸惑いのコメント出すのも無理ないです。
自分は津田さんのピッチングはカープという決して資金力等が恵まれているとは言い難いチームで、バースや原などの強打者と真っ向から戦いチームを救い続けた事に強い意味があると感じています。
ですから、彼の功績は野村克也や落合博満のような選手が受ける「ナンバーワンタイプ」の、どこの球団のファンからも一定の評価を受けると言うものではないと思います。
津田さんはフランチャイズプレイヤーとしての評価、言うなれば「オンリーワンタイプ」として殿堂に入らずともカープファンが世代を超えて語り継ぎ、カープファンならどの世代の人であろうとその名を知る、といった評価を受ける事が、彼の成し得た功績に対しては最も素晴らしい敬意の表し方ではないでしょうか。
それをこれ以上ない形で表現している旧市民球場からマツダスタジアムに移された津田プレートは、他のどのような表彰にも代えられない素晴らしいものだと声を大にして言いたいです。
今回の事は野球人気が落ちてきている中で野球好きの記者が美談を作りたかっただけのように感じてなりません。
殿堂の美談ならMLBのノーヒッター隻腕投手のジム・アボットを障害の偏見なく残した成績のみで評価し殿堂入り資格を喪失させた事のほうがよっぽど美談ではないでしょうか。
まさに正論。素晴らしいご意見だと思います。見識とはこういうことです。
津田氏がどうこうではなく、筆者は選考について一石を投じているという事を読み取ってほしいです。
津田氏は、みなさんの記憶に残る素晴らしい投手であったことは紛れも無い事実ですが、彼がパシフィックリーグ所属であった場合どうだったでしょう?などと疑問がわいてきます。
余談ですが、私は南海沿線に生まれ育ったホークスファンですので、久保寺選手の訃報は、大きなショックでした。南海ファンの記憶には津田氏の活躍と同じように、久保寺選手の活躍が残っています。久保寺選手が、セントラルの球団に在籍していたら、もしかして殿堂・・などと考えてしまう今回の選出には疑問符を付けざるを得ません。
他のブログに意見を書きこんだら、削除されました
あまりに客観性に欠ける選考だと思ってました。
なんか日本はノルマのように毎年数人の殿堂入りの方々を選出している気がします。殿堂入りの価値がインフレ化しないように、1人だけ、とか該当者なしの年があってもいいと思います。
http://number.bunshun.jp/articles/-/190358
実態は、みなさんが思っているよりもずっと酷いようですね。
どうして、「死んだからということでしかない」と断言できるのですか?
私は中学時代、中日戦でしたが、テレビで津田の投球を見ながら涙したことがあります。
その当時の津田の豪速球は、肩から上の高さに投げ込まれる球が圧倒的に多かった。しかもストレート一本やり。
当時のストライクゾーンでも見逃せばほとんどボール球。
しかし津田がどれだけ全身全霊を込めて、鬼の形相で投げてこようとも、相手ベンチが打者に待球させれば四球連発で崩れることくらい目に見えてました。
でも待球どころか津田の気迫に引き込まれ、絶対打ったるわ!と感情剥き出しでボール球にもかかわらずを空振りし続ける打者。
そこには捕手でも入れない、投手と打者の1対1の勝負、男と男の真っ向勝負の鬼気迫る空気があったんです。
決して津田1人が凄いのではなかった。
お互いがお互いの力を引き出す、意地と意地とのぶつかりあい。
今、そんな対決が日本のプロ野球で見られますか?
自分が見てきた中で、これほど打者の打ち気を引っ張り出し、
18.44の空間で打者との世界を作り出す投手はいませんでしたね。
だから、津田の野球殿堂入りが決まった時、「津田の投球を見て、未だにその時の感動を忘れずにいてくれた人はいたんだね。おめでとう。」と心から思いました。
このような投稿が遺族の目に触れたらと思うと・・・。
遺族も、「もらって当たり前だ」なんて全く思ってないでしょうからね。
カープファンとして、津田恒美のファンとして、遺族の目に触れることを思うと、このまま黙っちゃいられないと思ったので書き込みをしました。
お気持ちはわかります。
しかし長い野球史には、津田よりも良い成績を上げている投手、そして津田と同じように力投して観客を感動させた投手はたくさんいます。津田だけが素晴らしかったわけではない。
なのに、なぜ津田だけが殿堂入りしたのか、どう思われますか?
きつい書き方をしたかもしれませんが、私には全く納得いかなかったのです。津田への顕彰は殿堂入りでなくても良いのでは、と思っています。
津田が、数少ない「記録ではなく記憶に残る選手」だったからでしょう。
長年プロ野球に関わってきた記者の方々の心の中に、強い記憶として残った、だから記録は平凡でも投票したということでは?
なんで、津田だけが4年間、これだけ得票できるのですか?
最後の年だけもしくはその前年からのこれだけの得票だけならあなたの言われることはわからんでもないです。
しかし2009年再び現れ111票、2010年153票、2011年212票と数字が伸び、今年有効投票数の75%を1票上回る237票ですよ。
若くして死んだとか途中で死んだとか、そんな単純な理由で、わざわざ津田を選ぶ必要はないでしょう。
>あえて言うが、津田恒実は、記者諸氏の「情緒」「ムード」で選ばれたのだと思う。
プロ野球選手に対して、敬意の欠片もない言葉で非常に残念です。
新聞記者にしても、何百人何千人のプロ野球選手や2千試合くらいは試合を見てきた人たちなんですけどね。
そんな人たちが4年間のうちにこれだけ投票した。
その事実についてどうお考えですか?
やっぱり「死んだから」ですか?
>きつい書き方をしたかもしれませんが、私には全く納得いかなかったのです。
きついどころではないです。
あなたの家族に津田がいたとして、こんな書き方をされるとどう感じますか?
ただの異議があるってだけの文章には見受けられません。
資格初年度入ってもおかしくない人が入れないんですもん。
入れたのが確かスタルヒンと王貞治だけ・・・
あの長嶋茂雄でさえ初年度で入れないとか・・・
最近の選手では佐々木主浩とか秋山幸二が選ばれないってのがおかしいですね。
そういう選手を差し置いてまで津田が選考されるってのは違和感ありまくりです。
とは言っても、津田も記憶に残る選手として殿堂入りしてもおかしくはないと思います。
ただ、選ばれるべき選手は他にもいるだろうとは思いました。記憶も記録も残せている選手たちが、ね。
サンディ・コーファックスのように短期間で球史に残る活躍をしたって訳でもないのに
それにコーファックスは短期間なのに通算成績もそれなりの一流選手のような成績
ペドロ・マルティネスだって他の殿堂入り選手と比べたら通算勝利は劣るけど、通算勝率が化け物でコーファックスのように短期間で伝説を残した
でも津田はどうだ?
どこの球団でも取りたがるような数字を残したけど、球史に残る活躍って訳でもない
それに落合や平松は選ばれない
ほんと日本の殿堂入りはお遊びだ
落合は選出されていますよ。偏見ですね。
まぁつまりMLBのように明確な目安を作って欲しいですね
清原や秋山なんかMLB基準だったら余裕で初年度殿堂入りクラスです
落合なんて95%も余裕でしょう
なのに結局殿堂入りできない日本
それで落合よりも明らかに格下は選ばれる
記者に嫌われてるからだと思いますが、あの打撃の神様であるテッド・ウィリアムズやタイ・カッブは記者から凄い嫌われてましたが、アメリカの記者は殿堂入り投票の際は私情なんて挟まずにちゃんと評価して投票しているのです
私の書き方が悪かったですね
落合は何年も落とされ続けたからそう書きました
それに何故偏見になるのでしょうか?
あと落合のことはいいので、私の意見についてコメントが欲しいです
あと、このブログは一般人の個人ブログだと思いましたが、どうやら記者をやられてる方のブログだったのですね
お名前覚えときます
検索してみましたが、あなたがデリカシーのないコメントをした理由がわかりました
てか納得です
恐らくもう閲覧することはないでしょう
ではアンニョンヒカセヨ(あってるかな?笑)
夜は私は寝るもので。
それから人種差別主義者とは話しません。デリカシーがないのはあなたの方だと思います。
記者とライターの区別もついておられないようですから、議論しても無駄でしょう。
物事を白か黒でしか見れないんだな
どの部分が間違っているか、具体的に言ってください。そうしない限り、ただの言いがかりだと思います。
同じことを考える方は多いと思いますが
実際に記事として自分の意見を主張するという勇気は素晴らしいと感じます。
この殿堂入りからは、某24時間テレビのマラソンのように
感動の押し売りを受けている感じがします。
そして対象が死者であるというのを盾にし、
この殿堂入りに賛同できない人間は冷血な人間であり異端であると非難される危険がある中で、殿堂入りを進めるのは少し卑怯な気もします。
やはり殿堂である以上、ある程度は明確な基準が求められるはずだと感じます。
4年前のブログですが、コメントありがとうございます。
またこの季節が来ました。
記者の感情が入る。
確かに津田さんは素晴らしい選手ですが、
殿堂入りする成績か?
と言われれば疑問符がつきます。
かたや落合はまだ現役バリバリの1991年くらいにどなたかの書籍か忘れましたが
"今の野球界に唯一、今現役を引退しても殿堂入り確実な選手がいる落合博満だ"
と書かれ、三冠王3度、2年連続50本は落合のみの記録で、野村克也にも『プロ野球史上最強の右打者』と言われるほどなのに殿堂入りに3回かかりました。
あの張本勲もテレビで
『落合の成績であればそく殿堂入りですよ。それが3回目で選ばれるなんてきしゃどもはどうかしている。個人的な感情で選んでるとしか思えない。』
と言ってましたからね。