ダルビッシュ有が背番号11をつけるのは、ほぼ既定路線となっていた。これまでテキサス・レンジャーズ=TEXで、この背番号をつけていたのは、日本にもなじみのあるスコット・クールボー打撃コーチだった。
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87年、テキサス州立大オースチン校時代にカレッジワールドシリーズのメンバー。地元TEXに3順目で入り、長打力を期待されたが、本塁打数が伸びず、マイナー暮らしが続いた揚句、阪神に。1年目は22本塁打とまずまずの成績だったが、2年目に故障で出遅れて解雇された。弱い阪神にあって、速球にめっぽう強かった記憶がある。
以後マイナー、KBOを渡り歩いたが33歳で引退。指導者の道を歩むことになった。

99年にアリゾナ・ダイアモンドバックス=ARI傘下のAAエル・パソで打撃コーチになり、翌年ハイデザートで監督に。以後、マイナーの監督や打撃コーチを歴任。

2007年TEX傘下フリスコで打撃コーチをしていた時には、同じTEX傘下タルサの一塁、打撃コーチだった6歳下の弟マイク・クールボーがファウルを頭部に受けて死亡する悲劇に見舞われている。この時は日本でも報道された。マイクの妻は娘を授かったばかりだった。2010年には優秀なマイナーコーチに与えられる賞として「マイク・クールボー賞」が設定された。

2009年に古巣のTEX傘下の新チームオクラホマシティで打撃コーチに、ここでの手腕が評価されて昨年6月にサッド・ボスレーに代わってTEXの打撃コーチに就任した。強打のTEXの陰の立役者と言われている・

TEXのワシントン監督はたたき上げの苦労人だ。この下でコーチの修業をして、近い将来MLBの監督になろうとしている。

MLBでは日本ほど背番号へのこだわりはない。コーチがこんな若い番号をつけることもある。クールボーは現役時代につけていた背番号「12」に変更した。

なお、ダルビッシュの契約には、サイ・ヤング賞を取れば(加えてその候補に2度以上上がれば)契約期間が6年から5年に短縮されるというオプションがあったようだ。すごいオプション。期待が大きすぎて空恐ろしい気がする。あまりムキにならないでがんばってほしい。

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