PL学園野球部を廃部にすべきと書いたところ、極論、上から目線という批判をいただいた。ちょっと驚いたので、補足したい。
PL学園野球部が暴力事件を起こしたのはこれが初めてではない。不問に付されたものの含めて3度。しかも、その内容はほぼ同じパターン、野球部寮内で上級生が下級生に無理難題を吹っかけて、暴力沙汰に及んだというものだ。
同種の事件を3度も起こすということは、寮運営が一向に改善されていなかったということだ。
学校側に改善の意志がないか、自浄能力がないか、いずれかだと断じられても仕方がない。
PL学園の盛名は天下に鳴り響いている。その名門校が、何度も深刻な事件を起こしている。社会に与えるインパクトは極めて大きい。
高野連はこの状況を看過してはならない。看過すれば、高野連も、暴力、人権侵害を容認していると受け取られかねない。有名校、有力校であればなおさら厳罰をもって処すべきだと思う。
私学には私学のユニークな指導法がある。公立校と同じでは存在意義がないというが、その弊害として人権侵害が起こるのであれば、その指導法は根本から間違っていたというべきだ。存続させる価値はない。
そんなことをすれば野球が弱くなるというが、弱くなっても一向に構わないと思う。
高校野球の意義は認めるが、それとこれとは別の話だ。
高校野球が素晴らしいから、PLの寮システムもOKだとはならない。この状況を容認するのは、健全な高校野球ファンだとは思わない。


現在行われている野球有力校の全寮制のシステムは、要するに「虎の穴」である。
閉鎖された環境に選手を押し込めて、サバイバル的な競争をさせる。選手の優劣ははっきりするし、促成栽培にも向いているかもしれないが、敗退した選手を踏み台にしてレギュラーが出世をする仕組みは、プロ野球ならともかく、学校教育の一環としては、まともなものとは思えない。
もちろん、他の寮の場合、教育的にも行き届いた素晴らしい運営をしているのかもしれないが、10代の子供を寮に入れて共同生活をさせることには、多くの危険や困難が伴うことを我々はもっと認識すべきだと思う。
私は20年ほど全寮制の学校の広報活動のお手伝いをしてきたが、非常に困難を伴う教育システムだと実感した。
このシステムは、有名進学校の受験戦争と同じ仕組みだというかもしれないが、受験戦争の場合、大学の数はたくさんある。トップ校に行けなくても段階的に選択肢はあるし、進路は開かれている。
しかし野球の場合、有名大学、プロへの道は極めて狭いのだ。多くの高校球児は、青春のすべてを野球にささげた挙句、大学にもプロにもいくことができず、他の道を選択することになるのだ。まさに回り道である。個々の選手の立場に立てば、あまりにもリスクが大きい。
学校教育は、一部のエリートのためにあるのではなく、生徒一人一人のためにあることを考えるなら、これはおかしいといわざるを得ない。
度重なる暴力は、「わずかな人間しか勝利者になれない」このシステムのひずみとして生まれているような気がする。
言うまでもないが、廃部というのは、もちろん、未来永劫野球をするなということではない。いわゆる「解党的出直し」である。ゆがんだ全寮制システムをひとまず撤廃し、新たな強豪校の道を模索すべき時に来ていると思う。
高野連は、今回の事件について調査委員会を立ち上げるべきだと思う。
大阪府立桜宮高校の事件でもわかるように、体育会系のクラブの人権を軽視した指導法について、社会はとりわけ厳しい目を向けている。
ひとり野球だけが「暴力容認」「現状容認」の甘い姿勢を取り続けることは、あってはならないと思う。
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同種の事件を3度も起こすということは、寮運営が一向に改善されていなかったということだ。
学校側に改善の意志がないか、自浄能力がないか、いずれかだと断じられても仕方がない。
PL学園の盛名は天下に鳴り響いている。その名門校が、何度も深刻な事件を起こしている。社会に与えるインパクトは極めて大きい。
高野連はこの状況を看過してはならない。看過すれば、高野連も、暴力、人権侵害を容認していると受け取られかねない。有名校、有力校であればなおさら厳罰をもって処すべきだと思う。
私学には私学のユニークな指導法がある。公立校と同じでは存在意義がないというが、その弊害として人権侵害が起こるのであれば、その指導法は根本から間違っていたというべきだ。存続させる価値はない。
そんなことをすれば野球が弱くなるというが、弱くなっても一向に構わないと思う。
高校野球の意義は認めるが、それとこれとは別の話だ。
高校野球が素晴らしいから、PLの寮システムもOKだとはならない。この状況を容認するのは、健全な高校野球ファンだとは思わない。
現在行われている野球有力校の全寮制のシステムは、要するに「虎の穴」である。
閉鎖された環境に選手を押し込めて、サバイバル的な競争をさせる。選手の優劣ははっきりするし、促成栽培にも向いているかもしれないが、敗退した選手を踏み台にしてレギュラーが出世をする仕組みは、プロ野球ならともかく、学校教育の一環としては、まともなものとは思えない。
もちろん、他の寮の場合、教育的にも行き届いた素晴らしい運営をしているのかもしれないが、10代の子供を寮に入れて共同生活をさせることには、多くの危険や困難が伴うことを我々はもっと認識すべきだと思う。
私は20年ほど全寮制の学校の広報活動のお手伝いをしてきたが、非常に困難を伴う教育システムだと実感した。
このシステムは、有名進学校の受験戦争と同じ仕組みだというかもしれないが、受験戦争の場合、大学の数はたくさんある。トップ校に行けなくても段階的に選択肢はあるし、進路は開かれている。
しかし野球の場合、有名大学、プロへの道は極めて狭いのだ。多くの高校球児は、青春のすべてを野球にささげた挙句、大学にもプロにもいくことができず、他の道を選択することになるのだ。まさに回り道である。個々の選手の立場に立てば、あまりにもリスクが大きい。
学校教育は、一部のエリートのためにあるのではなく、生徒一人一人のためにあることを考えるなら、これはおかしいといわざるを得ない。
度重なる暴力は、「わずかな人間しか勝利者になれない」このシステムのひずみとして生まれているような気がする。
言うまでもないが、廃部というのは、もちろん、未来永劫野球をするなということではない。いわゆる「解党的出直し」である。ゆがんだ全寮制システムをひとまず撤廃し、新たな強豪校の道を模索すべき時に来ていると思う。
高野連は、今回の事件について調査委員会を立ち上げるべきだと思う。
大阪府立桜宮高校の事件でもわかるように、体育会系のクラブの人権を軽視した指導法について、社会はとりわけ厳しい目を向けている。
ひとり野球だけが「暴力容認」「現状容認」の甘い姿勢を取り続けることは、あってはならないと思う。
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コメント
コメント一覧
大学の部活動でも似たような話は聞きますから日本の悪習になってるんじゃないですかね?
年上の人間を敬うことは悪いとは思いませんが、それを勘違いして下の者をいじめるのは間違っています。
仰る通り、PL野球部は一度ゼロから作りなおすべきかもしれませんね。
ただ、それをやる自浄能力があればとっくに変わっているでしょうが…
>度重なる暴力は、「わずかな人間しか勝利者になれない」このシステムのひずみとして生まれているような気がする。
この一文には同感ですが、それが全寮制の是非にはつながらないというのが私の意見です。
私は、数多の「補欠」を産み出さざるを得ない学校スポーツというシステムの限界を示している、と感じるのです。
日本社会において雇用の流動化が進まないことをよく指摘されていますが、その縮図のようなものが既にここにあるというわけです。
欧州のようにクラブスポーツであれば、自由に移籍できるので、出場機会のない選手は他のクラブでプレーすることができます。「補欠」という概念が希薄な世界なのです。しかし学校スポーツであれば、出場機会を求めようと思えば学校を移らなければならず、事実上移籍はできないのです。
大人数を抱える有力校がある一方で少子化で子供の数が減り、部員が維持できなくなって複数高校で合同チームを組んだりするケースも増えてきました。こうした流れがクラブチーム化の推進につながればいいと思っているのですが、前の記事のコメントを見ても現状を追認するだけで視野の狭い人たちが多いようですし、なかなかそう簡単にはいかないのでしょうね。
厳しい措置を求めるなら、第三者委員会でも手ぬるいのでは。出場停止処分を決定するのも学生野球協会といった身内でのものばかり。
行政管轄化(文科省)にある組織であれば、不祥事は行政処分の対象とすべきではないでしょうか。
未熟な若者が集団で揃えば何かしらトラブルは起きる、と言う事だと思います。
まあ、大の大人が集団になっても、同様な事は起こってますしね。
今回の事件は許されるものではないですし、
PLの辞退は妥当だと思うんですが、
どの問題を起こすとどんなペナルティになるのか、を
高野連が本当はキチッと対処すべきだと思います。
今回のPLがアウトで、元部員とは言っていますが婦女暴行などやらかした桐生第一が甲子園に出場できている。
学校の自主性に任す、と言うお題目で済まされるには
高校野球は事業として肥大し過ぎています。
裏側だ真実だは、隠ぺい、捏造も加えると何でもアリになるので、
火でも煙でも見えたら、規約としてこうする、と言った厳格なルールを作るべきです。
それが未熟な生徒たちにとっても一番の抑止力になると思います。
個人的には喫煙、飲酒で対外試合3ヵ月停止は可哀想。
他人に迷惑かけてないしそれこそ個人的な問題なので補欠にするなり退部にするなり注意だけで終わるなり自由に決めればいいと思います。
一方暴力事件は他人に迷惑かけてるので周りが納得する厳しい処分が必要ですね。
そして、関係者たちの一掃などもしていかないと同じことの繰り返しになる気がしてなりません。ぼんやりとした表現になりますが、空気が受け継がれていってるとしか思えません。どれだけ口頭で指摘したとしても、こういうものなのだと身に沁みついてしまってたとしたらどうしようもないのでしょう。暗黙の了解というやつですね。
そういったものを無くすのに最初に思いつく手段は、例えば3年の空白を作って物理的に知らない世代に引き渡すなどですが・・・。
自分の意見はあくまで今回のPLに対するものだけで、本文の主旨には合わないかもしれませんが・・・
とはいえ今の日本のシステム上、未成年・教育現場に司法・警察が踏み込んで厳正に処置することがむずかしいのは実情ですが。
「有名校、有力校であればなおさら厳罰をもって処すべきだと思う。」
は論理的整合性を欠くと思いました。
同校は3度同じ過ちをしていること、全寮制には欠点があり抜本的に改革する必要があることというのを論拠にするなら、有名校か否かというのは論点として挙げられるべき問題ではないと思います。
もし有名校であるか否かが理由づけの一つ、考慮要素の一つになるのなら、無名校で全寮制の高校が同じような事件に遭遇した場合、甘い帰結を生みかねません。それは広尾さんの考える「システム」改革につながらないと思います。
PL学園の寮に入れば一年生は奴隷のようにこき使われ、試合に出れない生徒はチャーハン作りだけが上手くなる、という話をある芸人がしているのを聞いた事があります。こうした悪しき習慣が閉じられた空間の中で少し暴走すれば、今回のような暴力沙汰になることは容易に想像できます。
絶対的な上下関係は野球以外のスポーツにあるはずで、今回は指導者ではないにしても、相撲や柔道でも見られた暴力事件の背景にあると思います。
ひがみっぽいね。毎日楽しくないんでしょうが、大きなお世話です。そういうことばかり言ってても将来拓けないよ。せっせと校正しなさい。
こればかりは全寮制を無くしても、関係者を処分しても治るものではないでしょう。
大袈裟にいえば日本人のDNAに組み込まれたものではないでしょうか。
立場の弱い人間を思いやる、尊重する気持ち。
これ子供の心に植え付けるには学校、そして家庭での人間教育を含めて創造を絶する時間と手間がかかることでしょう。
少しずつやっていくしかないでしょうね。
生まれた年次による絶対的な上下関係が、ポイントでしょうね。この「絶対的」という非論理的な部分に問題があるように思います。
こういう価値観で各校の野球部が運営される限り、寮や競技留学をなくしても、こういった事件は続くでしょうね・・・
1コ前のお題でも書きましたが、同じように寮や競技留学のある高校サッカーでは、こういった重大な事件はあまり聞きません。
これはサッカー協会が、現場から体育会系的な悪弊を除く地道な努力をしたことと無関係ではないでしょう。
部活動における補欠の発生を広尾さんは問題にされてますが、これ、通常の学校生活や実生活も同じじゃないですかね?
自分が選択した道で、思うような成功を得られなくても、自分の居場所や生きがいを見つけていくのも、それこそ教育の一環じゃないですかね・・・
そして、部活動の補欠であれ、学業の落ちこぼれであれ、それをケアしていくのが、教育者や学校の本来の役割だと思いますが、如何でしょう?
全寮制というシステムそのものが問題ではないように思います。
1部リーグレベルのクラブは各地から少年を集め
寮で生活させていることがほとんどですが、
このような問題は(それなりの情報の蓄積のもとで言いますが)
聞いたことがありません。
「虎の穴」となる全寮制というシステムが問題なのではなく、
全寮制というシステムを「虎の穴」としてしまう学校側の問題であり、
高校野球文化の問題だと思います。
そして、その高校野球文化の問題とは、
「学業」「人間教育」「スポーツ活動」の垣根が
曖昧すぎることだと思っています。
スポーツは人間教育の一環であっても、人間教育そのものではありません。
本来、別々に成立すべきものが一緒くたにされているから
野球しかしない高校生活が許容され、野球しかしらない子どもが
量産されてしまうわけで。
PL学園の寮を解体したとしても、根本的な問題は変わらないと思います。
まだスポーツ推薦による入学を一時停止させるほうがいいんじゃないかと。
>一重まぶたの二重あごさん
ひがみ根性丸出しの書き込みを、自分で読み返してみることをお勧めします。
えっ、御冗談を。
こんなブサイクなオヤジをひがむって...
キチガイですか?
http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/8d/8a/aki_setura2003/folder/807223/img_807233_29918085_1?1344007138
わかったわかった。人の容姿を云々するのは、自分に自信がないからでしょ。
体育会がどうこうという問題ではなく、もっと大きなところで改善しないと、どうにもならない問題でもあります。
また、日本の学生スポーツにおける「補欠制度」に対する批判は、何年も前からサッカーの識者の間からはしばしば上がっているものであり、今さらの問題でもありません。特にセルジオ越後氏などは、口を酸っぱくして事あるごとに(特に冬の高校選手権の時期に)あちこちで発言しています。
「自分が選択した道で、思うような成功を得られなくても、自分の居場所や生きがいを見つけていく」ことが大事ならば、より自由にチームを移れる環境があれば、それにこしたことはないでしょう。
プロ野球を見ればわかる話です。あるチームで控えに甘んじていた選手が、トレードで移籍した途端に見違えるような選手になり、レギュラーでバリバリとプレーすることがあるでしょう。プロ野球の選手にはそれが認められるのに、学生野球にはそれが認められないのが今の制度です。
もちろん、学校そのものに忠誠心を抱き、控え選手のまま過ごすことを尊しとするならば、それもまた1つの考え方だと言えますが、最初から控え選手に甘んじるつもりで入学する選手などいないでしょうし、中には試合に出て活躍したいと思う選手だっているでしょうし、ひょっとしたら強豪校に入ったことを後悔している選手だっているでしょう。
選択肢のない状況が、選手たちを追い詰め、ストレスをためさせ、件のような暴力沙汰を引き起こす。「補欠制度」にはそういった要素も十分あると思うのですが。
基本的には、暴力を振るった上級生と、それをけしかけた
上級生の個人としての責任を問うべき問題だと思います。
ただ、確かに野球強豪校の全寮制は構造的に暴力事件が
起こりやすいでしょうね。子ども同士が閉鎖された空間で、
軍隊的な上下関係の中で生活しているわけですからね。
そういう意味では、PLは寮は廃止してもいいかなと思います。
ところで、桑田は今回の件で何か発言してないですよね。
今回の件でこそ、桑田のコメントが聞きたいです。
「補欠」の弊害について、bunchousannさんに全く同意です。
これってある意味人権侵害だと思います。
大量に補欠が出るシステムが世間で容認されているのは、
理不尽に耐え、自分を犠牲にすることを尊しとする古い
日本人の価値観の現れなんでしょうね。こういう価値観が
体罰容認論にも通じてると思います。
>bunchousannさん
「一期先任鬼より怖い」、かつての海軍兵学校で言われていたフレーズです。
儒教も絡んで、日本人のDNA,少なくとも明治時代からの精神論につながっていますから。
新3年生になってもポジションがないという先行き絶望、それで下級生をいじめて憂さ晴らしをする、じゃあ、転校するというのも、ヒエラルキーが学校間で生じてしまうのではないでしょうか。
転校してこられて、ポジション奪わえるケースもあるでしょうし。
>G3さん
PL学園の場合、教団経営のゴルフ場で働きながら学校に行ったりしているので、寮生活しかできない生徒がいるんじゃないでしょうか。
これが野球部も全寮制になっているんじゃないかと思いますが。さらに、全国から集まってくるってのもあるのでしょうが。
でもね、広尾さんが廃部と声を荒らげるのは、あれだけ多くのOBがプロとして活躍してるだけに、まず襟を正せと思われてるんじゃないでしょうか。
問題のある野球部なんですから,選手が集まらず淘汰されていくのが本来の姿だと思うのですが.
暴力を振るわれてでも名門野球部に入りたいものなのか.
上下関係の厳しい体育会でもまれた経験が過剰に評価されるというのも,日本社会の大きな問題だと思います.
従順で壊れにくい,無理が利く.体育会出身というのは,就職に非常に有利ですから.
桜宮高や女子柔道の件をきっかけに変わってくれれば,と思うのですが,とても無理そうで.
こんな国が,オリンピックを招致しているんですよね,
結局、そういった通過儀礼的な結社を望む親が一定数存在し、実際に結果を出しているのだから、寮制度の是非云々や問題起こした野球部の廃部などの小手先の施策で無くなる問題でもないと思います。
アメリカではサッカーでプロになってもではお金が儲からないので移民2世3世がやりたがらず、中流以上の家庭で盛んなそうですが、そういった住み分けも必要かと思います。
まさに。スポーツの意義を十分に理解していない国が、またオリンピックを開きたいと言っているわけです。
高校野球で地域のクラブがあっても甲子園は目指せないし、公式戦も少ない(選抜と夏の大会だけか)上に対戦も不可能でしょう。(勉強不足かなぁ・・・)
高校サッカーは部活だけの大会、クラブだけの大会、混合する大会と大きく分けても3つあります。
また最近だと上位チームなら、上位チームだけの大会もあります(プリンスリーグですね)し、プロと戦える(かもしれない)天皇杯という大会もあります。
こう見るだけでも試合数が何十倍と違い、また進める道も多いです。
常にレギュラー争いもあり、また怪我というものもあり、1年通して切磋琢磨する事が多ければ、そんなくだらない事をする暇がないはずです。そういう事をやる奴ほど自分から辞めていきます。
上下関係は当然あります。でも一部の高校やクラブでは最上学年が雑務をしているところもあります。
そうやって心も体も鍛えてプロができるものなのかなぁっと思います。
決してプロになるのがゴールじゃない、それを見誤らないことであり、本来教えるべき部分な気がする高校野球です。
おんなじ悪さをニヘン三ベンしたら、家から叩き出されました。
警察沙汰になろうもんなら勘当(縁切り)です。
そういうのが「教育」でした。
傷ついた人がいるのです。教育以前の問題でしょう。
そこに野球界(体育会)の論理が入り込むなら、野球界(体育会)そのものが問題です。
深夜にすみません。
あまり論点がボケることは言われない方が良いと思います。
五輪は、当初の理念はともかく、今は(参加者は厳密な意味でのプロではないのがほとんどとはいえ)興業でしかないです。犯罪者を平気で参加させているでもない限り、五輪に参加したり、参加させたりする連中が、どんな背景を持っているかという点は、重要ではありません。
高校野球も興行の側面を持ちますから、その一点だけに絞れば、教育の話なんてどうでも良い、ということになってしまいますけど、それは本意じゃないですよね?
私見を言えば、既にご指摘あるように、学校転籍っていうのが難しく、かつ、学校を辞めることは、野球を辞めるというのとほぼイコールという環境下にある以上、サッカーのように、教育機関が母体のチームは山ほどあっても、教育とは無関係に組織が一本化されない限り、歪み起因の問題はなくならないんじゃないですか?
サッカーの方も一本化されている故の暗部はあるので、全て優れているとまでは言いませんけど、いじめの問題が発生したところでサッカーを続ける選択肢はあるし、裏金だなんだというのも含めて、歪み起因の問題はほぼ無いですから。各国代表とクラブの関係ぐらいですかね、思いつくのは。
とはいえ、野球の方は、教育の一環で輸入され発展し、今も教育と関係が深いという、"スポーツ"から見たら絶望的な歴史背景を持ってます。これを解消するのは容易じゃないです。
日本のスポーツは「体育」と訳され、軍事教練の一貫として行われてきたと玉木氏の本で読んだことがあります(運動会にその名残が見られますが)。高校野球はその悪しき伝統を、甲子園大会の成功という甘い果実を受取りながら永らえさせてきたのだとおもいます。
確かに幾多のスターを生み出し、野球界発展の一翼を担ってきた功績は大きいですが、甲子園大会そのものを議論の対象とした制度改革をしていかないとこういう問題はなくならないのではないでしょうか?
プレイヤーズファースト。この言葉の元に改革される事を期待しています。
全寮制ゆえのいじめなどは、伝統的に全寮制が多いイギリスなど欧州でもあると聞きます。欧米の超エリート大学でも寮は多いですが、大学生になるとだいぶ分別がつくのと、エリートは勉強が忙しくて、殴り合うヒマなどないのですね。
スポーツビジネスの巨大化と、そこに乗っかる学校や指導者、エージェント、父兄を巻き込んだ競争の部分は、西欧社会でもよく見られます。欧州ならまずはサッカー界。そして一番ひどいのが4大スポーツがいずれも巨大ビジネス化しているアメリカです。決して日本固有の問題ではありません。
「アメリカには日本の何倍もの星一徹がいる!」と看過したのは在米ライターの町田智浩氏ですが、予算縮小で公教育が機能不全に陥っているアメリカでは、我が子をスポーツ選手に育てて一攫千金を狙う親が数知れません。
我々日本人やアメリカ人が、ハイレベルな野球を鑑賞できるのは、こういった凄まじい競争と、そこで選び抜かれた一部のエリート選手のおかげです。膨大な敗残者を生むシステムこそが、競技水準のクオリティを担保しているのだから皮肉な話です。
なので、学生スポーツをやるのなら、学校は絶対に勉学の部分をおろそかにせず、生徒が卒業後の進路に困らないようにするのが大前提です。
現在のように、野球チーム=学校=寮という閉鎖された狭いコミュニティの中だと、ヒエラルキーの下位に置かれた生徒は本当に逃げ場がなくなります。もっと「出入り自由」の開かれた組織にしないと、社会から孤立した愚連隊のままです。皆さんも学生の頃、ガチでやってる野球部には近づきがたいものを感じていたでしょうから。
少年野球のエリート選手はある意味プロ化していて、週末は全米各地のチームの助っ人に飛び回っているようです。チーム側も各大会の成績が、入部する数に直結するので、完全にビジネス化してるようです。
そういったエリート選手の少なくない数が、MLBに辿り着く前に燃え尽き症候群になってドロップアウトするとか・・・