NPBにはいろいろな事件が起こっている。多くは一定の「パターン」がある。しかし、今回の「統一球問題」は、少し趣が違う。
古くは「江川事件」から「球界再編事件」、最近の「清武の乱」に至るまで、NPBを激震させた事件は、読売ジャイアンツが震源だった。球界の盟主を標榜するこの球団が、NPBの決め事や体制に横車を押してファンや選手とトラブルになったり、権力者が内部告発を受けたりする事件だった。
ここではその是非は取り上げないが、一連の事件を通して受かびあがってきたのは、NPBという機構、組織が、実際には巨人をはじめとする一部の球団の幹部によって牛耳られていたという事実だった。
そして、事件のたびに浮き彫りになるのは、「コミッショナーの無力」だった。コミッショナーは「無作為」あるいは「権力を正しく行使しなかった」ことで非難されるのが常だった。
しかし、今回の「統一球問題」は、「コミッショナーが主導して始まった」事件だった。これが今までと違う点だ。
球界を牛耳っていると言われる渡邊恒雄氏が「公式球を国際基準に合わせろ」と言ったという話は寡聞にして聞かない。野球の国際化を推進したいという意向があったとは思えない。
2010年に発表された統一球の導入は、加藤コミッショナーが主導して推進したに違いない。
しかし、これまで縷々述べてきたように、統一球は「素人仕事」の悲しさ、思った通りのものにはならず、NPBの野球は激変してしまった。
本塁打が急減し、極端な投高打低になると、渡邊恒雄氏は「試合が面白くない。ボールを元に戻すべきだ」と発言した。選手会もNPB事務局に「飛ばなさすぎるのではないか」と申し入れをした。珍しいことに、選手会とナベツネたちの主張が、ほぼ一致したのだ。
この圧力に屈したのかどうかはわからないが、2013年6月に至って、統一球が密かに「調整」されていたことが分かった。


先週号の『週刊ベースボール』では、「統一球問題」についてグラビア面で編集部の見解を述べているほか、坂井保之氏、選手会にコメントを求め、さらに同誌のコラムニストである石田雄太、豊田泰光、岡江昇三郎の3氏も意見を述べている。
編集部の見解は、ミズノに技術的な問題を丸投げしたこと、情報公開しない隠ぺい体質のNPBを非難している。また編集長名で「ファンや選手は怒っている。失地回復を」と主張した。
坂井保之氏の意見は、とりわけ興味深い。野球協約が難解で、コミッショナーの役割、権限が不明確であることを指摘。NPBが閉鎖的な体質であることを指摘している。さらに、NPB事務局にプロフェッショナルがいないことを「空恐ろしい体質」とまで言っている。NPBは制度疲労を起こしている、真に文化的公共財として蘇ることを望んで締めくくっている。
選手会は、シーズン真っ只中の発表の衝撃を「駅伝」に例えている。この例え、適切。選手、ファンがないがしろにされたことに怒りを表明している。
ここまで読み進んで「2013最新版シーズン展望」という見出しを見たときに、私は非常にむなしいものを感じた。野球と言う競技の根源であるボールにまつわる不正の記事を読んだ後では、ペナントレースの興趣が一気に色褪せたように思えたのだ。
石田雄太氏は「罪。不祥事よりも質が悪い」と題して、隠ぺいによってNPBは選手の尊厳を失ったとし、隠ぺいにもまして微調整をしたことを激しく非難。コミッショナーの交替を求めている。
豊田泰光氏は、隠ぺいする背景に、巨人の関与があるのではないか、と推測している。飛ばないことに業を煮やしたナベツネが圧力をかけて調整させたのではないか。だから隠ぺいさせたのではないか。讀賣新聞がこの問題への追及が生ぬるく、記事も小さいのは巨人が関与しているからではないか、としている。
岡江昇三郎氏は、旧知の下田邦夫事務局長が加藤良三コミッショナーの罪を被ろうとしているとして、辞任などせずすべてを暴露すべきだ、としている。
「清武の乱」「巨人原監督のスキャンダル」などでは、『週ベ』はコラムニストに少し触れさせる程度で、腰が引けている印象があっただけに、今回の力の入れようは目につく。
これは、統一球問題が巨人に端を発したものではなく、批判的な記事を数多く掲載しても、睨まれないと言う判断があったからだろう。
これだけ大きな事件になっている割には、マスコミへの波及はそれほど大きくない。『週刊文春』が加藤コミッショナーの経歴や素行を取り上げているのが目立つ程度。また、『日刊ゲンダイ』は巨人のコーチが統一球の変化を知っていたような記事を書いているが、これはかなり怪しい。
盛り上がりに欠けるのは、声の大小こそあれ讀賣からサンケイ、朝日まで、主要メディアが統一球調整の隠ぺい、NPBの責任をそろって指摘しているからだ。論点、争点ができていない。
この事件を受けてスポーツ報知が「NPBは嘘つき」というきつい見出しを掲げたことからもわかるように、私は讀賣グループが積極的に統一球の「調整」「隠ぺい」に関わったとは考えていない。
ただ、渡邊恒雄氏やその周辺が、ひそかにNPB側に圧力をかけた可能性は大いにあると思う。
しかし、以後のNPB事務局の対応が非常にまずかったために、知らぬ顔を決め込んでいるのではないだろうか。擁護し切れないと思ったのではないか。
とはいえ、讀賣にとって体制維持のためには加藤コミッショナーは必要である。
第三者委員会の発表を待って、加藤コミッショナーの責任問題が出てくるだろうが、このときに讀賣が加藤氏辞任やむなしとなるのか、擁護論を展開するのか。平たく言えば「加藤を見捨てるのか、まだ使うのか」注目していきたい。
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ここではその是非は取り上げないが、一連の事件を通して受かびあがってきたのは、NPBという機構、組織が、実際には巨人をはじめとする一部の球団の幹部によって牛耳られていたという事実だった。
そして、事件のたびに浮き彫りになるのは、「コミッショナーの無力」だった。コミッショナーは「無作為」あるいは「権力を正しく行使しなかった」ことで非難されるのが常だった。
しかし、今回の「統一球問題」は、「コミッショナーが主導して始まった」事件だった。これが今までと違う点だ。
球界を牛耳っていると言われる渡邊恒雄氏が「公式球を国際基準に合わせろ」と言ったという話は寡聞にして聞かない。野球の国際化を推進したいという意向があったとは思えない。
2010年に発表された統一球の導入は、加藤コミッショナーが主導して推進したに違いない。
しかし、これまで縷々述べてきたように、統一球は「素人仕事」の悲しさ、思った通りのものにはならず、NPBの野球は激変してしまった。
本塁打が急減し、極端な投高打低になると、渡邊恒雄氏は「試合が面白くない。ボールを元に戻すべきだ」と発言した。選手会もNPB事務局に「飛ばなさすぎるのではないか」と申し入れをした。珍しいことに、選手会とナベツネたちの主張が、ほぼ一致したのだ。
この圧力に屈したのかどうかはわからないが、2013年6月に至って、統一球が密かに「調整」されていたことが分かった。
先週号の『週刊ベースボール』では、「統一球問題」についてグラビア面で編集部の見解を述べているほか、坂井保之氏、選手会にコメントを求め、さらに同誌のコラムニストである石田雄太、豊田泰光、岡江昇三郎の3氏も意見を述べている。
編集部の見解は、ミズノに技術的な問題を丸投げしたこと、情報公開しない隠ぺい体質のNPBを非難している。また編集長名で「ファンや選手は怒っている。失地回復を」と主張した。
坂井保之氏の意見は、とりわけ興味深い。野球協約が難解で、コミッショナーの役割、権限が不明確であることを指摘。NPBが閉鎖的な体質であることを指摘している。さらに、NPB事務局にプロフェッショナルがいないことを「空恐ろしい体質」とまで言っている。NPBは制度疲労を起こしている、真に文化的公共財として蘇ることを望んで締めくくっている。
選手会は、シーズン真っ只中の発表の衝撃を「駅伝」に例えている。この例え、適切。選手、ファンがないがしろにされたことに怒りを表明している。
ここまで読み進んで「2013最新版シーズン展望」という見出しを見たときに、私は非常にむなしいものを感じた。野球と言う競技の根源であるボールにまつわる不正の記事を読んだ後では、ペナントレースの興趣が一気に色褪せたように思えたのだ。
石田雄太氏は「罪。不祥事よりも質が悪い」と題して、隠ぺいによってNPBは選手の尊厳を失ったとし、隠ぺいにもまして微調整をしたことを激しく非難。コミッショナーの交替を求めている。
豊田泰光氏は、隠ぺいする背景に、巨人の関与があるのではないか、と推測している。飛ばないことに業を煮やしたナベツネが圧力をかけて調整させたのではないか。だから隠ぺいさせたのではないか。讀賣新聞がこの問題への追及が生ぬるく、記事も小さいのは巨人が関与しているからではないか、としている。
岡江昇三郎氏は、旧知の下田邦夫事務局長が加藤良三コミッショナーの罪を被ろうとしているとして、辞任などせずすべてを暴露すべきだ、としている。
「清武の乱」「巨人原監督のスキャンダル」などでは、『週ベ』はコラムニストに少し触れさせる程度で、腰が引けている印象があっただけに、今回の力の入れようは目につく。
これは、統一球問題が巨人に端を発したものではなく、批判的な記事を数多く掲載しても、睨まれないと言う判断があったからだろう。
これだけ大きな事件になっている割には、マスコミへの波及はそれほど大きくない。『週刊文春』が加藤コミッショナーの経歴や素行を取り上げているのが目立つ程度。また、『日刊ゲンダイ』は巨人のコーチが統一球の変化を知っていたような記事を書いているが、これはかなり怪しい。
盛り上がりに欠けるのは、声の大小こそあれ讀賣からサンケイ、朝日まで、主要メディアが統一球調整の隠ぺい、NPBの責任をそろって指摘しているからだ。論点、争点ができていない。
この事件を受けてスポーツ報知が「NPBは嘘つき」というきつい見出しを掲げたことからもわかるように、私は讀賣グループが積極的に統一球の「調整」「隠ぺい」に関わったとは考えていない。
ただ、渡邊恒雄氏やその周辺が、ひそかにNPB側に圧力をかけた可能性は大いにあると思う。
しかし、以後のNPB事務局の対応が非常にまずかったために、知らぬ顔を決め込んでいるのではないだろうか。擁護し切れないと思ったのではないか。
とはいえ、讀賣にとって体制維持のためには加藤コミッショナーは必要である。
第三者委員会の発表を待って、加藤コミッショナーの責任問題が出てくるだろうが、このときに讀賣が加藤氏辞任やむなしとなるのか、擁護論を展開するのか。平たく言えば「加藤を見捨てるのか、まだ使うのか」注目していきたい。
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コメント
コメント一覧
そうではないですよ。関わっていない可能性もあります。今回の事件は今までとは違うことを述べたつもりですが。
加藤コミッショナーは辞めてほしいですが。
前から思っていたんですが、ナベツネさんのやっていることを、支持しているんですか?
だとすればなぜ。
まともな思考ができる方だと思うので、すごく疑問に思っていました。
良くも悪くも巨人中心の渡邉会長が、
交流戦優勝&セ・リーグ優勝&日本一を遂げたシーズンのボール仕様を変更させるメリットは何か?
を論理的に説明できなければ、関与を疑うのは無理筋ではと思います。
支持云々については、是々非々としか言えません。
非難されてしかるべき言動も多々ありますが、渡邉会長だけに責がある訳ではない物や
キャラクターも相まって歪められて伝わっている物も少なくありませんので。
なんだかんだで一番野球に熱心なオーナーこそ渡辺氏、と見る人が多いですから。
まぁ私も
>交流戦優勝&セ・リーグ優勝&日本一を遂げたシーズンのボール仕様を変更させるメリットは何か?
これを考えると、何も理由は思いつきませんが・・・
しっかり読んで頂いてるのかと思ったらまあ。
ボールを元に戻せ、とナベツネが昨年、発言しているではないですか。私はブログで書いたから覚えています。
でないと、誰がコミッショナーをしても同じという状況が変わると思えないからです。
コミッショナー交代がないようでは、先行き何年かは進歩はないでしょうね。
私がプロ野球を観だして25年ほどになりますが、コミッショナーに権限がなく、オーナー独裁、閉鎖的な組織であることに何の変化もみられないですね。
昨年8/26のテリー伊藤氏のラジオでの発言ですね。
あれをもって論拠とするなら、
渡邉会長の性格からして「俺が言ったお陰で~」と開幕前に吹聴しまくっていた気もしますが。
一昨年9/26のぶら下がり取材でも「会ったら話してみる」旨の発言をしており、
相応の打診を加藤コミッショナーに行っていた可能性は高いでしょう。
これを『圧力』と解するのは勝手ですが、
「事前に知っていた」かの想像と繋げる方々は先入観が過ぎるのではと思います。
そもそもちょっと前までは球団によっては使うボールが違ったわけだし、むかしと比べて球場の大きさも、バットの規格も、試合数だって違うし、確かに統一球によって個人から全体のスタッツまで大きく変わりましたが、日本のプロ野球って独占的に自社コンテンツを利用して自チームだけを放映してみたり、色んな解釈を持ち出してインチキドラフトをやってみたり等、不平等の上で成り立っているものだという認識で見ている人って結構いるんじゃないでしょうか。だから殊更大きな問題にならずに風化していったとしても、個人的な感覚としては理解できます。
渡邉は一場問題を契機として、清武時代の前後から球団運営の一線から退いている印象があります。「清武の乱」で分かったとおり、会長として重要案件については報告を受ける立場ですが、結局あの珍妙な人事を言い出したのは原監督自身だったわけで、しかもアイディア段階の話でした(清武さんの勇み足が悔やまれます)。
自ら積極的にアクションを起こして球界を動かそうとしたのは、2004年の再編問題が最後じゃないですかね。
メディアに向けてはあれこれ言いますが、それは張本の「喝!」みたいなご意見番レベルの発言か、ノムさんのボヤきのようなリップサービスだと捉えていました。もう何かを企画立案したり、自ら主導して強い影響力を行使するには年を取り過ぎているでしょう。
渡邉の強い権勢は、盟友の中曽根康弘あってのもので、2003年に中曽根が引退してからは、影響力は低下の一途を辿っていると見ます。実際に渡邉が主導した2007年の大連立構想は見事に大失敗したわけで。
「じゃあ誰が主導したのか」ですが、NPBの下田氏あたりが、統一球2年間のあまりの貧打ぶりに青ざめて、スタンドプレイでミズノとかけあって勝手に変えてしまったのでは、というのが僕の想像です。彼が真っ先に辞意を表明したのは、加藤氏のスケープゴートとしてではなく、実際に自らの責任を感じてのものだった、というストーリーですね。
週ベ座談会で印象に残ったのは、NPB事務局がプロフェッショナルではないという指摘。これってスポーツのみならず日本社会の縮図でもあるのかなと。
自分も仕事上「業界団体」に所属していますが、いわゆる事務局の方は恐ろしく何も知らない。その必要がない場合はいいですが、不都合なこともしばしばです。
地元のスポーツサークルでもそう。体育協会にお勤めなのに、その競技に何ら関心がない。施設や運営面で話し合いたいことが一向に進まない。
業界団体うんぬんでは逆に、お飾り事務長で都合がいいという現場サイドの要請もあるでしょう。せめてスポーツは「野球好き」で揃えてもらいたい、そういう信託ができる仕組みになってほしいものです。
どうせみんな怒ってないし、大して気にしていないし、だから、何が起こっても別にかまわない、というのは理屈以前の話でしょう。そうですか、としか言いようがありません。
ファンにも温度差はあるでしょうが、筋を通すべきところは通すべきです。
結果論で話をしだせば、正義も筋もへったくれもなくなってしまいます。
テリー伊藤の件は知りません。複数のメディアに2012年5月頃に渡邉発言が載ったと記憶しています。
よく読んでいただきたいのですが、私もナベツネが今回の隠ぺい工作を知っていたとは思っていません。知っていればもう少しうまくやるはずですから。
だから、書いたように「見捨てる」可能性はあると思います。
第三者委員会の調査後に注目しましょう。後任人事が今までどおりでは大失望ですが。
『桑田真澄』
地味に東大コーチが効いたか?
どこまで「統一球の闇」に迫れるか期待してます。
(アドバイザーに留めるところがやらしいすなぁ)
>打診を加藤コミッショナーに行っていた可能性は高いでしょう
可能性が高いのに、事実として御仁の吹聴は無かったわけで。
①Cに打診していない。
ⅰ)YGが日本一になったし現有戦力を鑑みて。
ⅱ)打診しようとしたら「NPB事務局による変更情報」が先行で御仁の耳に入ってきていた。(遅きに失した)
②Cに打診してみた。
ⅰ)Cが無視。Cの知らないところで変更があったため御仁も知る由なく吹聴なし。
ⅱ)加藤Cから「既に手は打ちました。知らなかったことで、事を進行させる。」と言われたので了解した。(吹聴なし)
ⅲ)その他
こちらがいかに誠実に事細かに説明しても、「理解できない」や何の根拠もなく「そうは思わない」などと言われてしまうと、徒労というのはこういうことなのだなぁと感じてしまいます。やはりこの手のネタでは、議論が成立しない方だということが再確認できたのが、少ないながらも収穫ですかね。
さて、このような場で書くのはためらわれたのですが、私の最初のカキコミで思うところがあると言った事について書きます。そんなの知らんという方は読み飛ばしてくださって結構です。あるおっさんの愚痴です。
最近では猫も杓子も「道義的責任」の大安売りですが、私はこの言葉が大嫌いです。この5文字の中に全くと言っていいほど確たるものがないからです。道義とは何か?その責任とは何か?どこかに統一された見解があるわけでもなくその処し方になんらかの目安があるわけでもなく。こんなフワフワしたものを他人に突きつけるなんて許されていいのかと思います。つまるところ死ねということですからね。
ましてや小賢しくも「自分で身を処せ」など何と卑怯で恥知らずなことか。「オレの納得いく処分を自ら下せ。お前が自ら下した処分なのだからオレには関係ない」ということですよ。
これを私刑と呼ばずして何と呼ぶのか。
こういう風潮を憂えるがゆえに、今回の一件に口をはさまさせて頂きました。広尾さんも50過ぎたいいおっさんなのだから、こういうことを言いがちな若い衆をたしなめる程度には成長されたらいかがですか?先頭に立って音頭をとるような年齢でもないでしょう。
まあ、これを読まれても理解できないとか根拠もなくそうは思わないで終わりなんでしょうがね。
そういうことでした。
では。
http://number.bunshun.jp/articles/-/492597?page=2
<以下、引用>
'11年に統一球が導入されたとき、NPBはボール製造業者をミズノに統一して、反発係数の基準値をアグリーメントの下限に合わせて0.4134と決めている。
そもそもそこに問題があったと言わざるをえない。ギリギリの下限に基準を合わせれば「下ぶれ」で規定以下のボールが出てきてしまうことは予想されることだった。当然、ミズノからはその点の指摘があったため、NPBが新たに許容範囲として0.4034から0.4234の範囲を定めて、これを契約書に明記。その契約で統一球を製造していたわけである。
すでにこの時点でNPBはアグリーメントで定められた0.4134という下限数字を下回る“ルール外”のボールが出てくることを把握し、球団や選手に公表することなく独断で認めてしまっているというわけだ。
<引用、ここまで>
この記事によると、±0.01の許容範囲はNPBとミズノの当初の契約時に設けられたようで、件のNHKが報じた内容とは少し異なっています。個人的には、ナンバーの記事の方にリアリティを感じます。
もちろん、いずれにしても問題のある対応だったことには違いないですが。
申し訳ないですが、全く賛同できません。論拠があれこれ飛んでいるし、事実関係もおかしいと思います。
道義的責任ではなくガバナンスの問題、そしてコンプライアンスの問題です。第三者委員会にもコンプライアンスの専門家が入っています。民法上の問題も含めて責任論が出ています。
前におっしゃったことと違うことを言っているとも思いますし。残念ながら、そういうことです。
”ホウレンソウ”ができない人は最高経営責任者であっても退場して頂くようになってるんです。なぜか、それを一番小うるさく言う公務員は例外ですけどね。
お客様は神様ですっていうでしょう。
神様に嘘ついちゃいけません。そういうことです。
昨年圧倒的な投手力で優勝した巨人がボールを飛ぶようにするというのはちょっと考えられません。東京ドームはHRが出やすいと言われてますしね。隠蔽に加担していたとしたら、去年及びオープン戦好調だった宮國や小山、高木京などの不調は防いでいると思います。
あと、渡邉会長の発言は確か、インタビューにおいて「今年はいくらなんでも飛ば無すぎる。来年あたり変えるかもしれないな。」といった感じだったと。
私も、その記事を読むと、ナンバーの方がリアリティがあると感じます。つまり、NHKのクローズアップ現代は、あえてミスリードを狙った印象操作ではないかと。
>いずれにしても問題のある対応だったことには違いないですが
この点、たしかにその通りではありますが、プラスマイナス0.01の誤差(公差)を
後から作るのと事前に認めておくのとでは悪質性に差があるのも事実だと思います。
そして、悪質性に差があるかないかは、「量刑」に直結する問題です
たとえば、ある行為が原因で人一人が亡くなったという結果は同じでも、
悪質性によって、殺人か傷害致死か過失致死か、あるいは無罪かに分かれますからね
「たかが、ボールがっ!」
何て言ってくれたらナベツネ健在に痺れます。
辞任・解任という言わば『クビ』を仮にも(事務次官を飛ばした寝技とはいえ)大使まで務めたエリート官僚に迫れるのか?
NPB内部では加藤Cを何とか面子、プライドを保ったまま「勇退」させる方法はないだろうかと頭を捻っているだろうが非常に難しいミッションと思われる。
正直、NPB側が出来る処遇は「全ての下田事務局長に被せる」以外に無いと思う。
第三者委員に「桑田真澄」が選ばれたのは僅かな光明だが、「全ての下田事務局長に被せる」以外の解決策をナベツネや加藤Cに飲ませられるのか不安な所。
小さな一歩でも何かが変わってくれれば良いのですが…。
>今だに姿を現さないナベツネが第一声に何を発するのかに非常に興味がありますねぇ。
ついにコメントを出しましたね。
「大臣が一人やめたからといって、首相が辞めなきゃならんのか? コミッショナーは辞任する必要はない」というのが発言の骨子です。
一部には「黒幕たる馬脚を露したか」という意見もあるようですが、まあ、使い勝手のいい飼い犬を手放したくないだけなのだと思います。
やっぱ、この一言でCの首はつながったということに?
10日の第三者委員会報告がどうなろうが関係ないんやろね。
> 俺が野球について知っているのは野球協約だけ。知らんことは、知らんのだよ
どういう意味?・・・
ただ、氏のコメントなどをみると、「ああ、やっぱり」と思う人がある程度の数でてくるのは避けられないと思います。
こういう「日本のプロ野球は讀賣様の御心のまま」のような印象って、絶対にプラスにはならないと思うのです(讀賣ジャイアンツにとっても決して良いことではないでしょう)。
一部の有力者の意向が優先される現象は(例えば自動車レースのF-1で顕著ですが)、プロスポーツではしばしば指摘される問題です。
有力者は大抵の場合、人気のある選手・チームなので、その人気があるうちは問題化しませんが、当然、永遠には続きません。
そして問題が表面化するときは、その競技そのものの人気に悪影響をおよぼす=ファンの減少を伴うのがほとんどです。
広尾様が常におっしゃられている、「NPBの体質問題」の、大きな課題のひとつなのは間違いないと思います。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/baseball/npb/headlines/article/20130702-00000016-dal
・・・人選には同意なのですが、
この方が発言したとなると・・・
私もニュースを見て唸ってしまいました。ナベツネも選手会も先走りし過ぎでしょう。