昨日の朝日新聞、オピニオンを読まれた方も多いと思う。「熱すぎないか高校野球」というタイトルで、高校野球の在り方について3人のコメントを載せている。
・故障防ぐルールづくりを
大野倫氏は、沖縄水産高校時代の91年、熊本遠征で1日2試合を完投し、翌日ブルペンで投げているときに「ぼきっ」という音がして右ひじを痛めた。しかしその夏の決勝まで4連投も含めて投げ、準優勝。大会後投手生命を絶たれた。
大野氏は犠牲になったとは思っていないが、根性野球から時代が変わった今こそ大人が歯止めをかけるべきだという。いずれ球数や投球回数の制限規定が設けられると予測。
今は少年野球の指導者。これからの指導者はトレーニング論や障害予防について学ぶべきだと締めくくった。


・アマと「プロ」両立しない
ノンフィクション作家、軍司貞則氏は、日本の高校野球の9割は人間形成など教育目的で野球をしている。彼らはさほど問題を起こさない。残り1割のプロ的な野球をする高校の選手と周辺の大人が問題だという。
プロ的な野球は勝利至上主義に支配されている。世間は建前上そうした学校にも教育の原理を貫くように求めているが、プロ同士の死に物狂いの戦いを望む人も少なくない。だから選手の体に悪影響が及ぶのに、炎天下に甲子園大会が開かれる。
「プロの真剣勝負」と「アマらしいドラマ」を求めると、選手に過剰負担を与える。
学校関係者、高野連、朝日、毎日新聞、マスコミ、スカウト、ファンと関係者があまりにも多いので、改革ができない。一度甲子園大会をやめて、考えるべきではないかとしている。


・身を削った感動もういい
コンバットREC氏はアイドルファン。AKB48の前田敦子が、総選挙で大きなプレッシャーと闘う姿に感動を覚えていたが、それは残酷なことを承知で楽しんでいたと述懐。
高校野球も夢に向かって腕も折れよと連投する球児に我々は感動するが、同様ではなかったか。投げているのは生身の高校生、大人がルールを決めてコントロールすべき。
野球というスポーツのゲーム性を損なわず、いかに選手を守るか、試行錯誤を続けるべき。悲劇のヒーローを高校生に求めてはいけない。


いずれもこれまでにない踏み込んだ意見だ。
高校野球の「功績」を認めつつも、現状ではいけない、改革すべきだということを、選手、関係者・メディア、ファンの3つの立場から異口同音に述べている。
現在の高校野球を肯定する意見は一切載せていない。
私は釈然としない。ここまで高校野球を大きな大会にし、多くの人々の利権の巣窟にしたのは、朝日新聞ではないか。
讀賣新聞が巨人を「拡販商材」にするはるか以前から、朝日新聞は高校野球を部数拡大の道具にしてきた。
商業目的で高校野球を食い物にしてきた人、会社を上げるとすれば、そのリストの第一に朝日新聞が上げられるのは間違いないところだ。また、高野連を、権威主義的で頑迷な組織にしたのも朝日新聞だ。
その責任をどう考えるのか。朝日新聞自身の反省と自己改革なくして高校野球の改革はありえない。
おりこうさんは、自分たちがどんな風に批判されているか察知し、批判が大きくならないうちに、先回りして問題提議をしたりする。
朝日新聞は、甲子園の予選がはじまるこのタイミングで、あたかも他人事のように、この3つの意見を掲載することで、高校野球批判のガス抜きを図っているのではないか。
「そのきらめき、一度じっと見つめなおしてみませんか」とリードで書いているが、見つめなおすべきは読者ではなく、朝日新聞自身ではないか。
単なるガス抜きでないのなら、朝日新聞としての高校野球の現状に対する見解と、反省、そして改革案を出すべきだ。抵抗勢力を説得し、自らリスクを被る覚悟で改革に取り組むべきだ。
まさかこれで終わりではないだろう。以後、朝日新聞がどのように動くのか、注目したい。


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大野倫氏は、沖縄水産高校時代の91年、熊本遠征で1日2試合を完投し、翌日ブルペンで投げているときに「ぼきっ」という音がして右ひじを痛めた。しかしその夏の決勝まで4連投も含めて投げ、準優勝。大会後投手生命を絶たれた。
大野氏は犠牲になったとは思っていないが、根性野球から時代が変わった今こそ大人が歯止めをかけるべきだという。いずれ球数や投球回数の制限規定が設けられると予測。
今は少年野球の指導者。これからの指導者はトレーニング論や障害予防について学ぶべきだと締めくくった。
・アマと「プロ」両立しない
ノンフィクション作家、軍司貞則氏は、日本の高校野球の9割は人間形成など教育目的で野球をしている。彼らはさほど問題を起こさない。残り1割のプロ的な野球をする高校の選手と周辺の大人が問題だという。
プロ的な野球は勝利至上主義に支配されている。世間は建前上そうした学校にも教育の原理を貫くように求めているが、プロ同士の死に物狂いの戦いを望む人も少なくない。だから選手の体に悪影響が及ぶのに、炎天下に甲子園大会が開かれる。
「プロの真剣勝負」と「アマらしいドラマ」を求めると、選手に過剰負担を与える。
学校関係者、高野連、朝日、毎日新聞、マスコミ、スカウト、ファンと関係者があまりにも多いので、改革ができない。一度甲子園大会をやめて、考えるべきではないかとしている。
・身を削った感動もういい
コンバットREC氏はアイドルファン。AKB48の前田敦子が、総選挙で大きなプレッシャーと闘う姿に感動を覚えていたが、それは残酷なことを承知で楽しんでいたと述懐。
高校野球も夢に向かって腕も折れよと連投する球児に我々は感動するが、同様ではなかったか。投げているのは生身の高校生、大人がルールを決めてコントロールすべき。
野球というスポーツのゲーム性を損なわず、いかに選手を守るか、試行錯誤を続けるべき。悲劇のヒーローを高校生に求めてはいけない。
いずれもこれまでにない踏み込んだ意見だ。
高校野球の「功績」を認めつつも、現状ではいけない、改革すべきだということを、選手、関係者・メディア、ファンの3つの立場から異口同音に述べている。
現在の高校野球を肯定する意見は一切載せていない。
私は釈然としない。ここまで高校野球を大きな大会にし、多くの人々の利権の巣窟にしたのは、朝日新聞ではないか。
讀賣新聞が巨人を「拡販商材」にするはるか以前から、朝日新聞は高校野球を部数拡大の道具にしてきた。
商業目的で高校野球を食い物にしてきた人、会社を上げるとすれば、そのリストの第一に朝日新聞が上げられるのは間違いないところだ。また、高野連を、権威主義的で頑迷な組織にしたのも朝日新聞だ。
その責任をどう考えるのか。朝日新聞自身の反省と自己改革なくして高校野球の改革はありえない。
おりこうさんは、自分たちがどんな風に批判されているか察知し、批判が大きくならないうちに、先回りして問題提議をしたりする。
朝日新聞は、甲子園の予選がはじまるこのタイミングで、あたかも他人事のように、この3つの意見を掲載することで、高校野球批判のガス抜きを図っているのではないか。
「そのきらめき、一度じっと見つめなおしてみませんか」とリードで書いているが、見つめなおすべきは読者ではなく、朝日新聞自身ではないか。
単なるガス抜きでないのなら、朝日新聞としての高校野球の現状に対する見解と、反省、そして改革案を出すべきだ。抵抗勢力を説得し、自らリスクを被る覚悟で改革に取り組むべきだ。
まさかこれで終わりではないだろう。以後、朝日新聞がどのように動くのか、注目したい。
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コメント
コメント一覧
たぶん今回もガス抜きで終わりでしょう。
選手が選手生命を絶たれても動かないのですから、動くとすれば死人が出た時。
改革に着手するにはお上の圧力が必要ではないでしょうか。文科省が強い指導力を発揮できれば改革できると思います。既得権益を守ろうとするところに自浄作用は期待できないかと。
大野氏も、年齢を重ねておとなしくなったのでしょうか。「「Jリーグからの風」(集英社文庫、1993)というかなり古い本の中ではこのように言っています。
「いつか監督を殺してやる。毎日、そればっかり考えていました。一日として監督を恨まない日はなかった。高校野球の思い出といってもつらいものばかり……。残念なことに三年間高校野球で生活で楽しいと思ったことは一度もなかったですね」
連投に連投を重ねた夏の大会ですが、すでに大野投手は春の時点で疲労骨折していたようですね。あと一歩で日常生活にも支障をきたすところだったそうです。
チームメイトには「オマエのせいで甲子園行けへんかったら、一生恨んでやるからな」と罵声を浴びせられ、故・栽監督からは「大野には死ぬつもりでやってもらいます。かわいそうだが、野球人生が終わるつもりでやるときにはやらにゃ」と言われ……その結果があの連投です。
朝日に限らず、最近はメディアにコメントが載ることが多い氏ですが、最近の発言は、上記の発言と比べて同じ人物とは思えないほどマイルドでお茶を濁したようなものばかりです。何か圧力でもかかっているんでしょうか。
そして、朝日新聞に関しては、これまでさんざん連投だの熱投だのと酷使される選手たちを美化しておきながら、今更何を言っているんだ、ということについては同感です。同時に、高校野球に携わる他のメディア人の中にも、こういう問題にダンマリを決め込んでいる人が少なくないのが非常に残念です。
2.bunchousann様のコメントと重複しますが、
件の熊本遠征の後、夏の沖縄県大会前の練習試合では
右肘痛の影響で終盤になると握力が落ちて集中打を浴びるパターンで4連敗。
この時の試合後のミーティングで、栽弘義監督から胸倉を掴まれ
「やー死なす(きさま死んでしまえ)」と言って殴り続けられた末、
ミーティング後に仲間から「甲子園に行けなかったら一生おまえを恨むからな」と言われたとか。
栽監督から殴られ蹴られようが、先輩からケツバットを食らおうが、チームで孤立しようが
耐えられた大野氏も、この「一生恨むからな」には心をえぐられトイレで人知れず泣いたそうです。
朝日新聞は『あたかも他人事のように』ではなく、
本気で第三者気取り、当事者意識なぞ無いのではないでしょうか。
具体例は避けますが近年の報道姿勢を見ると、そのように思えてなりません。
高校野球が面白いという人の気がしれません。
みんな揃って坊主頭にして、先輩の不条理な暴力に耐え、勉強など全くせず、新聞社の金儲けのために炎天下でやっておいて、取ってつけたような目的が人間形成とか笑えます。
高校野球がある限りMLBとの差は縮まらないと思います。
野球でもそういった配慮をし、将来に備える指導者も存在するものの、多くは甲子園で酷使されつぶされていきますね。
MLBとの比較に終始しがちですが、
将来多くの日本人が欧州リーグで活躍するようになった時、子供たちが野球よりサッカーを選ぶことのほうが恐ろしく思えます。どこぞの国技のようにほとんどの有力選手が外国人などとならなければよいのですが。