最近、NPB選手のパフォーマンスがいろいろと話題に登っている。
当ブログでもオールスターでの中田翔の「乱闘ごっこ」について批判をして、コメントを多数いただいた。
今朝の「サンデーモーニング」では掛布雅之が、阪神が本塁打を打った時などにやる「決めポーズ」に対して「喝」とやった。これがニュースになっている。
この番組が権威めかして報道されるのは、宜しくないと思うが、それはさておき、掛布は「プライドをかけて戦っている相手に対して尊敬の念が感じられない。ダメとは言わないがやる場面を考えて欲しい。相手を挑発する行為、米国だったら報復されますよ」といった。
確かにMLBでは、それは許されないパフォーマンスだ。彼らは本塁打を打ったとき「神に感謝するポーズ」を見せることがあるが、相手に「どんなもんだ!」というような態度はとらない。
最近のNPB選手のパフォーマンスが見ていてあまり気持ちよくないのは、選手が自らを誇るポーズをとることが多いからだろう。
ガッツポーズにしても、決めポーズにしても、みんな「どうだ!俺はすごいだろう」というサインである。
最近はプロ野球だけでなく、高校野球でも普通に見られるようになった。
野球選手だけでなく普通の若者もカメラに向かってすごいポーズで睨みつけたり、挑発したりする写真を撮ったりするようになったのは、ここ20年くらいのことではないか。
おそらくコミックの影響で、そうした「決めポーズ」が、格好いいということになったのだろう。
野球の試合とはあまり関係ないので、大きな問題とは思わないが、ずいぶん幼いパフォーマンスだとは思う。
その選手が素晴らしいプレーをしたことに、観客は既に拍手や歓声で賞賛を送っているのである。この上に、「どうだ」という必要はない。
アメリカ式に相手に失礼だとまでは言わないが、そんなに自分が可愛いのか、と鼻白む気がする。
同じパフォーマンスをするならお客さんが喜ぶことをすればいいのにと思う。
よくイチローが外野でのキャッチボールでやる背面キャッチなどは、そういうパフォーマンスだ。失敗すればみっともないことになる(事実そういう選手もいた)が、イチローのようにスマートにやれば、拍手喝采が起こる。さすがプロ、さすがイチローというわけだ。
また肩に自信のある外野手は、思い切り離れた距離でキャッチボールをしてお客さんを喜ばすこともある。こういうのもパフォーマンスだろう。


私は見たことはないが、昔は「シャドーノック」というのをしたそうだ。
「百万ドルの内野陣」といわれた1950年代の南海ホークスや、「ダイナマイト打線」阪神タイガースなどは、試合前のノックの最後にこれを見せたという。
ノッカーがボールを持たずにノックバットを振る、野手はあたかもゴロが飛んできたかのようにグラブでさばいて他の野手にトスをする、その野手もボールがあるかのように一塁へ送球する。
一流の野手がやると、その動作は実に華麗で、美しかったという。時にはエラー(のふり)をして、頭をかいて「もう一丁!」とやる。ノッカーも空振りしたふりをしたりする。
場内は爆笑に包まれたという。
今風に言えば「エアノック」というところか。
こういうパフォーマンスは本当のプロ、大人の選手でないとできない。野球という「芸」を見せているという自覚がなければ成り立たない。
時代が違うかもしれないが、こういうパフォーマンス、どこかでやらないか。
もちろん「プレーボール!」の声がかかってからふざけた真似をするのは許されないが、プロとしてお客さんを喜ばせるようなパフォーマンスはどんどん出てきて欲しいと思う。
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今朝の「サンデーモーニング」では掛布雅之が、阪神が本塁打を打った時などにやる「決めポーズ」に対して「喝」とやった。これがニュースになっている。
この番組が権威めかして報道されるのは、宜しくないと思うが、それはさておき、掛布は「プライドをかけて戦っている相手に対して尊敬の念が感じられない。ダメとは言わないがやる場面を考えて欲しい。相手を挑発する行為、米国だったら報復されますよ」といった。
確かにMLBでは、それは許されないパフォーマンスだ。彼らは本塁打を打ったとき「神に感謝するポーズ」を見せることがあるが、相手に「どんなもんだ!」というような態度はとらない。
最近のNPB選手のパフォーマンスが見ていてあまり気持ちよくないのは、選手が自らを誇るポーズをとることが多いからだろう。
ガッツポーズにしても、決めポーズにしても、みんな「どうだ!俺はすごいだろう」というサインである。
最近はプロ野球だけでなく、高校野球でも普通に見られるようになった。
野球選手だけでなく普通の若者もカメラに向かってすごいポーズで睨みつけたり、挑発したりする写真を撮ったりするようになったのは、ここ20年くらいのことではないか。
おそらくコミックの影響で、そうした「決めポーズ」が、格好いいということになったのだろう。
野球の試合とはあまり関係ないので、大きな問題とは思わないが、ずいぶん幼いパフォーマンスだとは思う。
その選手が素晴らしいプレーをしたことに、観客は既に拍手や歓声で賞賛を送っているのである。この上に、「どうだ」という必要はない。
アメリカ式に相手に失礼だとまでは言わないが、そんなに自分が可愛いのか、と鼻白む気がする。
同じパフォーマンスをするならお客さんが喜ぶことをすればいいのにと思う。
よくイチローが外野でのキャッチボールでやる背面キャッチなどは、そういうパフォーマンスだ。失敗すればみっともないことになる(事実そういう選手もいた)が、イチローのようにスマートにやれば、拍手喝采が起こる。さすがプロ、さすがイチローというわけだ。
また肩に自信のある外野手は、思い切り離れた距離でキャッチボールをしてお客さんを喜ばすこともある。こういうのもパフォーマンスだろう。
私は見たことはないが、昔は「シャドーノック」というのをしたそうだ。
「百万ドルの内野陣」といわれた1950年代の南海ホークスや、「ダイナマイト打線」阪神タイガースなどは、試合前のノックの最後にこれを見せたという。
ノッカーがボールを持たずにノックバットを振る、野手はあたかもゴロが飛んできたかのようにグラブでさばいて他の野手にトスをする、その野手もボールがあるかのように一塁へ送球する。
一流の野手がやると、その動作は実に華麗で、美しかったという。時にはエラー(のふり)をして、頭をかいて「もう一丁!」とやる。ノッカーも空振りしたふりをしたりする。
場内は爆笑に包まれたという。
今風に言えば「エアノック」というところか。
こういうパフォーマンスは本当のプロ、大人の選手でないとできない。野球という「芸」を見せているという自覚がなければ成り立たない。
時代が違うかもしれないが、こういうパフォーマンス、どこかでやらないか。
もちろん「プレーボール!」の声がかかってからふざけた真似をするのは許されないが、プロとしてお客さんを喜ばせるようなパフォーマンスはどんどん出てきて欲しいと思う。
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コメント
コメント一覧
ひねくれた見方をする人以外の「普通のお客さん」は喜んでいますけど。
攻撃的、挑発的、自己顕示、集団的な他者を貶めてスッキリするようなパフォーマンスが主流になるのは勘弁して貰いたいです。
MLBを持ち出す前に、日本でもこの手の行為は美徳じゃないでしょう。
もし近所や職場でそんな人がいて、自分や家族や仲間にされたら私は嫌ですしね。
「みんな喜んでるからそれでいいじゃん」というのは、思考停止だと思いますね。
そこからは何も生まれないでしょう。
私はブログでそこから先を考えたいと思います。
杉内の様にわざわざ不快だとコメントする必要は無い。
そうなると今後ただの死球が無駄な憶測を呼ぶし、不毛な争いを生むだけ。
思うのはMLB風アーリントンルールをそのまま適用するのではなく、NPB独自のアーリントンルールを作り上げていく事。
それは他ならぬNPB選手自身なのだから、グラウンド内のプレーで言葉を交わすべき。
(個人的には何故ラミレスの「ゲッツ!」がOKで、神戸の「M字」がNGなのか分からないのだが、それこそが選手同士の不文律なのだろう。)
そうしないと、杉内の様にグラウンド外からパフォーマンスにコメントする文化がNPBのアーリントンルールの一つとされかねないと危惧。
直近の最も「気持ち悪い」プレー?(パフォーマンス)は高校野球。
チャンスで敬遠された打者がボール球を空振りし、「勝負しろよ!」と相手投手を罵ったのです。
プロなら許されるプレーかもしれませんが、高校野球なら許すべきでは無い。
監督・チーム関係者はどんな指導をしていたかと思う。
同じスポーツとはいえ、
「プロらしさ」
「学生らしさ」
をそれぞれ省みて欲しいと思った次第。
話変わって、大昔、苅田久徳さんあたりは、ノックの最中に青りんごを潜ませて、ボール回しの時にりんごを投げていたことがあるようです。最後にりんごをかじれば、お客さんにはボールに噛み付いたように見えたと。
口のきき方、何とかならんのか。
ちなみに私は巨人ファンです。
いつも数値やデータを用いた合理的なお話、非常に興味深く拝見させていただいております。私は20代ですが、その昔行われていた本気のシートノックなど噂は聞いておりました。
このテーマに関して、昔、将棋の米長永世棋聖が、ある番組に出た際のトークシーンを思い出しました。確かNHK杯で、米長永世棋聖が勝ったシーンのVTRが流れたのだと思います。
その時、タモリがしかめっ面をして盤面を見ている棋士2人を見て、
「どちらが勝ったのかわからない顔をしていますね。どうしてですか?」と聞き、米長永世棋聖はこう答えたんです。
「勝った方は、腹の中では飛び上がりたいほど嬉しいけど、このくらいのことじゃ喜びませんよって言う風にしかめっ面をしていて、負けた方も、腹の中では死ぬほど悔しいけれど、これくらいの負けで表情には出しませんよって言う風に我慢している」
これを聞いた時、私は、ああプロってそういうものなのかとも、本当の意味での負けず嫌いというのはそう言うものなのかとも思いました。
まあ正直、プロの野球選手なのだから、パフォーマンス云々よりも、すばらしいプレイをし、成績を上げれば、何をしても構わないのではないかと思います。
ただ、安易なパフォーマンスは、ある意味気持ちが入っていないことや、目標の低さの表れになるのではないでしょうか。
ただ、1試合1試合負ければ終わりの、高校球児たちが、ヒットやホームランで喜びを爆発させるのは良いと思うのです。彼らにとって、1つ1つの試合に勝つことが、目標であり、終着点なのですから。それに、これからの時代、感情表現豊かであることは彼らの未来にもつながると思います。
正直、感情を隠すことが、美徳とされるような時代は終わったと感じていますが、ある意味で、プロとしての品格や、高い目標も必要なのではないかと思い、ご意見させていただきました。
長文で申し訳ありませんでした。
ありがとうございます。
自然な感情の爆発は見ていて好ましいものです。作り事ではないので。パフォーマンスは作り事だと思うのです。その作為が私には気になります。それが人を喜ばせようとするものか、自己顕示欲か、そこにこだわりたいわけです。
これからもお付き合いください。
個人的には、サッカーがなぜパフォーマンスに寛容なのか(逆になぜMLBがあそこまで過敏なのか)に興味があります。報復の手段を手にしてるかどうかの違いかもしれませんが。
いかがかと思いますね
サヨナラホームランや劇的な展開ならいいですが、
そうでもないのに、いつも同じパターンで
高校野球やプロにかかわらず、
その人のひととなり、チームのレベルなんかが
垣間見えるかと思いますね。
成熟したチーム、スポーツでそんなことやるかなぁ〜?
将棋しかり、相撲しかり、相手を思いやる文化が
日本にはあると思いますが、
最近のボクシングの亀なんとかや、
外国力士の台頭なんかで
日本人が世界に誇れる美徳が減ってきているのかな?
多くの外国人は、その美徳にあこがれるんですけどね
けど、最近の高校野球も成熟度が低いのかな?
感情を爆発させることも時には大切だと思いますけどね
見たいな事でかなり怒られそれ以来王さんはホームランを打っても
派手な感情表現をしなくなったと聞きました。ピッチャーに対する敬意ですね。それとryohuiさんのいわれてるようプロならこのぐらいで騒ぐかみたいな気概が王さんに限らず昔の選手にはあったように思います。今でもイチローや引退した松井にはあったように思います。
これも結界の決壊ですかね。
ちなみに韓国や台湾のリーグですと、ボディランゲージは日本以上に派手な場面もあります。昔は日本でも、本塁打を打たれた投手がマウンドにうずまったり、頭を抱えたりと派手なリアクションを見せたものですが、こういった伝統はアジア両国のリーグでは今でも盛んです。
これらのことから乱暴に結論を導き出してしまうと、野球文化の伝統と洗練度が上がるにつれて、選手のパフォーマンスは減少していく傾向にあるんじゃないでしょうか。選手のプロ意識の向上と、対戦相手に対するリスペクトも上がっていくわけです。
ちなみに言うまでもないと思いますが、僕は西岡のパフォーマンスも、オールスターでの藤波への入れ知恵も苦々しく思っています。MLBの壁に跳ね返されて逃げ帰ってきた者が、国内でお山の大将を気取っている現状について、悔しくないのか、恥ずかしくないのかと問いたくなりますね。
こういう思考が「村八分」につながるんでしょうね。
現実的には、押しも押されもせぬ不動の1番打者として阪神躍進の旗手となってる西岡にはそんな考えは微塵も無いでしょうけど。
それはさておき、私が最も落胆したのは杉内のコメントです。
仮にも直接対決する王者のエースなのですから、
あんな子どもじみた言い草なんかせず
「俺が投げる日はあんなパフォーマンスさせないけどね」
くらい言ってほしかったですね。
まあそんな選手の事はどうでもよい
阪神ファンの評論家から批判が出ているのに
「阪神ファンが喜んでるからいい」は
思考停止以前に論理が成り立ってませんね
相手選手が不快といっても似たような
パフォーマンスやりかえしたりしてるわけですし(試合に出てない都合上
見ませんがラミとか)
後グラウンドが神聖な場所というのは全く理解できません。大事に使う場所ということで礼を尽くす理由はそこでしょう
パフォーマンスが大事な場所での感情表現と考えると肯定されるものではないでしょうか