日本プロ野球名球会は1978(昭和53)年7月に誕生した。発足メンバーは18人。「社会の恵まれない人達への還元とプロ野球の底辺拡大に寄与する」と言う目的で設立された。
設立の経緯は良く分からないが、81年に任意団体から株式会社になったときに金田正一が代表取締役となり、王、長嶋が取締役となったことを考えると、やはり400勝投手金田正一が提唱したのではないかと思われる。

「名球会」の活動として一番有名なのは、「チャリティゴルフ」だった。このイベントの収益が、社会事業団に寄付された。また「野球教室」も、全国で開催された。

発足当初の名球会の入会基準は投手が200勝以上、打者が2000本安打以上。ただし、昭和生まれと限定されたため、別所毅彦、ビクトル・スタルヒン、若林忠志、野口二郎、杉下茂、藤本英雄、川上哲治は入会できなかった(スタルヒン、若林はすでに故人だったが)。
この制約自体が、先輩連中を排除したいと言う金田の思惑が働いているともうわさされた。

私は「名球会」は、NPBの発展に多大な貢献をしたと思っている。
まずONなど一部有名球団の選手ばかりがもてはやされる風潮の中、パリーグやセの弱小球団で数字を積み重ねてきた選手をクローズアップすることができたこと。

さらに会員が、球団の垣根を超えて「プロ野球OB」というくくりで統一活動をしたこと。
プロ野球選手会が社団法人になったのは1980年、労働組合日本プロ野球選手会の発足は1984年。「名球会」は、選手会が野球界全体のために活動し始めるよりも一歩早く社会貢献を開始している。

そして何より、「200勝」「2000本安打」と言う明快な基準を設けたこと。

公的な選手の顕彰制度として「野球殿堂」があるが、2000本安打、200勝を達成しても殿堂入りできない選手がいる一方、はるかに低い成績で殿堂入りする選手がいるなど、その選考基準は不明確だ。
さらに年に2~3人しか選出されないために、多くの大選手たちは存命中に殿堂入りの栄誉を受けることが難しくなりつつある。
「名球会」は、数的基準を設けたことで、不完全な野球殿堂を補完する機能を果たすこととなった。

また2000本安打、200勝は、「一流選手のバロメータ」として、一般の人々にも広く知られるようになった。一般の人々の「野球史」への理解を深める上で、多大な貢献をしたのは間違いがない。

選手たちも2000本安打、200勝が目標となった。
それまでは1978安打で引退した飯田徳治、1977安打の毒島章一、1963安打の小玉明利、197勝の長谷川良平、193勝の秋山登など、2000本、200勝の大台を目前に引退する選手は結構いた。
しかし以後は、何とかして名球会入りを目指したいと頑張る選手が多くなった(果たせないまま終わる選手もいるにはいたが)。なかには無理な引き延ばしをする選手もいたが、実績のある選手の寿命を延ばす上で、「名球会」が与えた影響は大きかったと思う。

しかし「名球会」が、功罪半ばするという評価があるのも事実だ。

一つは、以前の「名球会」が「金田正一を囲む会」の印象が強かったこと。ハワイのゴルフでは、金田、ONなどがティーショットを打つと周囲の会員が「ナイスショット」と声をかけた。その年入会の「若手会員」が、下っ端風に使われる映像も流れた。
一昔前までは、ゴルフはステイタスであり、ラウンドする会員はあこがれの的だったが、今やこうしたゴルフ大会は、ロータリークラブやライオンズクラブなどで良く見かけるスノッブ親父のつまらない遊びとしか映らない。年長の会員が先輩風を吹かすところなど、誰も見たくない風景になった。
恐らくは、最近の世代の選手で「ハワイで名球会ゴルフがしたい」と思う人はいないのではないか。「名球会」は格好の悪い会になったのだ。

もう一つは、野球の「変質」にともなって、入会資格をいろいろと変更したこと。
救援投手の分業化に伴って「250セーブ」の投手も入会できることにした。
また、2003年には「日米通算」での記録もOKということにした。
しかし、これでいくとレジー・スミス、フリオ・フランコ、ウィリー・デービスなど主として米で活躍した選手も含まれるために、「NPBでの記録を起点として」という条項を加えた。
さらに、2006年11月、1904本で引退した松永浩美がマスターズリーグで96安打を打ったことで彼を「名誉会員」にした。
どこまで基準を緩めるのか、という気がしたものだ(松永の名誉会員は、のちに取り消されている)。
とりわけ「日米通算」という考え方を深く考えずに持ち込んだことは、大きな悪弊を生んだ。



そして、株式会社「プロ野球名球会」が、一部マスコミによって不明朗会計を行っていると報じられた。2010年に金田正一が社長を退任、柴田勲が後任となった。しかし、2011年には親睦団体「名球会」の会長に王貞治が就任、株式会社は解散した。創立者の金田正一は名球会を退会、堀内恒夫も退会した。何らかの不祥事と内紛があったのは間違いないところだろう。

今回のアルフォンソ・ソリアーノの名球会入りの話題を目にしていると、「賞は授与する側の社会的信用、権威がないと、まともに受け取られない」ということがわかる。
ソリアーノと日本の報道陣のやり取りが、まるでジョークのように報じられるのは、それだけ名球会の権威がない方だと思われる。
「名球会」は、ダブルスタンダードや朝令暮改、さらには内輪もめによって、権威を損なった。
この部分を、しっかりと立て直さないと、存在意義が問われることになるだろう。

本音でいえば「名球会」は、日本人、日本育ちで、NPBに立脚した選手だけを会員にしたいのだろう。しかし、野球界が大きく変化する中で、そうした基準にはまらない選手がたくさん出てきている。
泥縄式に基準を変更して、世間の失笑を買うのではなく、「名球会」の存在意義を見直し、新たな考えに基づくしっかりした選考基準を作るべきだろう。
10年以内に平成生まれの2000本安打者も出てくる。このことも考えるべきだ。

ソリアーノは、本人が求めるのなら、入会してもらう以外に選択肢はない。
しかし、彼を受け入れるのなら、これを機に基準をより納得性の高いものにすべきだ。

私は、野球殿堂の現状を見るにつけ、「名球会」は、プロ野球の歴史を顕彰する補完機能として今後も必要だと考えている。
「名球会」の刷新を強く求めたい。


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