フィラデルフィア・フィリーズのチャーリー・マニエル監督が解任された。我々におなじみのあのマニエルである。
毎度この選手の話題になると持ち出して恐縮だが、この選手が来日した時に「エマニエル夫人についてどう思うか」と聞いたスポーツ紙記者がいて、馬鹿だなあと思った記憶があるが、シルビア・クリステルも昨年死んでしまった。

キャリアSTATS

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MLBで芽が出ずにNPBで開花した典型的な選手だ。ただパワーはアメリカでも目立っていた。
LADのマイナーのアルバカーキの本拠地、オールスポーツ・スタジアムは左翼110m、中堅125m、右翼103mという信じられない巨大な球場だったが、2シーズンで40本も打っている。ただ、変化球に弱い上に弱肩で、ナリーグの球団では使い道がなかったようだ。

ヤクルト、近鉄両球団はマニエルが加入してから優勝したわけだから強烈なインパクトがあったのは間違いない。死球を受けてアメフトのヘルメットを着けて打席に立ったのも良く覚えている。



37歳で引退してからマニエルは指導者の道を歩み、古巣のミネソタ、クリーブランドのマイナー球団の指導者を経てMLBの監督になった。
このときにも報道されたのでよく覚えている。

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クリーブランドで3年指揮を執ったのち、2005年にフィリーズの監督に。そして黄金時代を創出したのだ。
強いころのフィリーズは、V9の巨人のようだった。偉大な選手が自分の役割をしっかり果たしていた。アブレイユ、バール、ロリンズ、アトレイ、ハワード、ビクトリーノ、ルイーズ、ワース、イバニェス。大人の選手がそろっていた。
打線に陰りが見えた2010年にハラデーを獲得し、2011年にはハラデー、クリフ・リー、ハメルズ、オズワルトと4人のエース級投手がそろい踏みし、大いに期待を持たせたが、2012年にはハラデーが故障、リーが黒星病にかかる。結局、これが命取りになって今回の解任劇となった。

NPBでプレーして引退後指導者になった野球人は結構多いが、最近ではデイビー・ジョンソンと並ぶ成功者ではなかっただろうか。

69歳でもあり、マニエルは名将の名を得ての勇退だといっても良いのではないか。


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