すべての野手の中で(投手を含む)キャリアで最も失策をしたのはだれか?
通算失策数のベスト50を出してみた。



白石勝巳はプロ野球の草創期から1956年まで長い現役生活を続けた名遊撃手。巨人の名遊撃手であり、広島の初代遊撃手だ。1985年に殿堂入りしている。遊撃手として1561試合、一塁81試合、三塁3試合、二塁1試合。もっとも悪い環境で野球をし続けた結果として、膨大な失策を生んだのだ。戦中戦後を生きた名選手の勲章と言っても良いかもしれない。
以下、名遊撃手の名前が並んでいる。SSというポジションは失策を恐れていては仕事にならないのだ。
E/Gは1試合当たりの失策数だが、吉田義男、小玉明利、高木守道の少なさが際立っている。60年代以降にグラブ、グランドなどが飛躍的に向上したことを意味していると思う。
打って走って守れる選手にとって、失策はつきものであり、ある意味「ポジションを任された」証明だと言っても良いのだと思う。
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白石勝巳はプロ野球の草創期から1956年まで長い現役生活を続けた名遊撃手。巨人の名遊撃手であり、広島の初代遊撃手だ。1985年に殿堂入りしている。遊撃手として1561試合、一塁81試合、三塁3試合、二塁1試合。もっとも悪い環境で野球をし続けた結果として、膨大な失策を生んだのだ。戦中戦後を生きた名選手の勲章と言っても良いかもしれない。
以下、名遊撃手の名前が並んでいる。SSというポジションは失策を恐れていては仕事にならないのだ。
E/Gは1試合当たりの失策数だが、吉田義男、小玉明利、高木守道の少なさが際立っている。60年代以降にグラブ、グランドなどが飛躍的に向上したことを意味していると思う。
打って走って守れる選手にとって、失策はつきものであり、ある意味「ポジションを任された」証明だと言っても良いのだと思う。
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コメント
コメント一覧
もし現代のプロ野球でプレーしていたら、日本プロ野球界ではそもそも逆シングルでの捕球はMLBと違ってタブー視されていますから、どんな守備をする選手になっていたか? 評論家やファンは彼を守備の名手として認めるか? いろいろと想像してしまいます。
宇野のエラー比率が意外と低いのに、お笑い守備の烙印を押されてしまっているのは、あのプレーが全てでしょう。
そういう意味では、前の話の池田と同じですね。
宇野は銚子商業時代、3年夏に甲子園で見せた守備が中日スカウトの目にとまってドラフトされたものです。
同点で三塁にランナーを置いて三塁ランナーを還せばサヨナラ負けと言う場面でした。打球は三遊間奥深く飛びましたが銚子商業のショート宇野は逆シングルで捕るやほとんどノーステップで一塁に送球して打者走者をアウトにしてピンチを切りぬけました。私もこのプレーをテレビで見ていましたので、宇野が守備が下手だと言われるのが未だに理解ができません。
2年夏の千葉県予選準決勝、習志野(小川=現・東京ヤクルト監督を擁してこの年前年の銚子商業に続いて全国制覇)との決戦で、岩崎(2年で四番)の左中間を抜ける当りで一塁走者がホームを狙ったがレフト-ショート宇野-サード篠塚(後に巨人)-キャッチャー前島(銚子商業きっての秀才、後に慶應)と渡ってアウトにした中継プレーは、千葉県高校野球史に残る名シーンとして語り継がれています。
連続出場記録を続けながらもしっかり守備でも貢献していたのは本当に偉大です
宇野の話なら、まず書いてこられる思ってました。
映像の力は恐ろしいです。実際、あのプレー以外のエラーの記憶なんて無いのですから。守備がひどければ、近藤監督がコンバートしているでしょうから。
後年のコンバートは、立浪がそれほどすごい選手であるということも表しているのではないでしょうか。