1990年代初頭、ピッツバーグ・パイレーツは強豪の一角を占めていた。
バリー・ボンズに加えボビー・ボニーヤと言う若いスタータが登場してピッツバーグは再び強豪チームとなった。
91年から今年まで。

PIT-201302


しかし、この好調は長くは続かない。91年にボニーヤがメッツに移籍、93年にはボンズもジャイアンツに移籍し、中心選手がいなくなると、パイレーツは再び暗黒の時代に入る。
93年から20年連続で負け越すことになる。

この間、MLBの市場は急拡大しており、パイレーツの観客動員も増加したが、リーグの水準を下回っており、動員数も最底辺をさまよった。

監督はリーランドからラモントに代わるが、ぱっとせず。好捕手ケンドールが台頭するものの、チームは浮上しなかった。
2001年、チームは念願の専用球場PNCパークに移る。1年目は246万人を記録するが、チームは一向に強くならなかった。
監督はマクレンドンからジム・トレーシーに代わった。しかしチームは坂道を転がるようにさらに弱くなり、2005年から7年連続で90敗以上を喫する。
この時期のパイレーツはオールスター前に早々にペナントレースをあきらめるのが常だった。
もっと言えば、開幕前から「再建モード」と言っても良かった。

しかし完全ウェーバー制のMLBは、最弱チームに優先的に有望選手を選択させる。
この時期からパイレーツには有望な新人が入り始めた。
その筆頭が、アンドリュー・マカッチェンだった。抜群の身体能力を持つこの選手は2010年にはレギュラーとなり、2012年には最多安打のタイトルを獲得。
チームの中心選手となって、2013年、チームを5割に復帰させ、ペナントレースを走る原動力となった。



40年間を見てくると、ピッツバーグにはエースは不在だったが、打のリーダーが存在した。
その系譜はクレメンテ、スタージェル、パーカー、ボンズで途切れたが、マカッチェンの登場で再びつながったという印象だ。
20年連続負け越しは、チームリーダー不在の年月と重なるのだ。

歴史小説を読んでいるようで、実に興味深い。
マカッチェンがチームにいる間、パイレーツは勝ち越しを続けるのではないか。


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