私はこの投手を見るのが大好きだった。肉付きの良い中年体型。体をほとんどひねらず、始球式みたいな球を投げる。各打者はそんな球をくるくると空振りするのだ。
ナックルボーラーはそんなにたくさんいないから、その球を打つだけに練習するのは割に合わない。それで打撃フォームがおかしくなったら大変だ。各打者にはそういう意識があったのではないか。ウェークフィールドが登板する試合では、いやいや打席に立っているような選手が多かった。松井秀喜などその典型だ。
彼が投げると野球が別の競技に変化したように思えた。
45歳。FAになっている選手の中では最高齢。古い選手だ。



88年のピッツバーグ・パイレーツ=PITドラフト3順目。同期には懐かしや、隻腕投手ジム・アボット。現役ではアーサー・ローズがいる。もとは内野手で、マイナーでは1,3塁をまもっているがAで.194と振るわず投手に転向。92年にメジャーに昇格した。
この年のチームメイトにはバリー・ボンズがいる。すでに25歳。彼が本格的に活躍したのは95年PITに解雇されてボストン・レッドソックス=BOSに移ってからだ。
この年はロジャー・クレメンスらを抑えてチーム最多勝。以後、浮き沈みはあったもののBOSの先発の一角を占めて17年間働いてきた。
そこそこの打撃の支援があれば、QSは何とかなる。そんな計算の立つ投手。ただ、問題は捕手だった。風向きでコースが変わると言われたへろへろ球をしっかり確保する捕手がなかなかいなかったのだ。
捕手別のウェークフィールドの投手成績。

2001年シーズン中にテキサス・レンジャース=TEXから30歳のダグ・ミラベリが移籍。この捕手は通算.231、盗塁阻止率20%台だったがウェークフィールドの球をファーストミットみたいなミットでよくキャッチした。2003年(14)、2004年(15)とパスボール数でアリーグ1位になっているが、彼だからその程度で済んだということだ。ミラベリと組んだ時のウェークフィールドのERA4.12は生涯通算4.41よりも有意で高い。実質的にウェークフィールド専属捕手だった。2006年ミラベリがサンディエゴ・パドレス=SDに移籍するとパスボールが急増。BOSはわずか1か月でミラベリを呼び戻している。
昨年、200勝を挙げるまでに9試合を要した。チームが大事な時に3勝6敗。ウェークフィールドに華を持たせた挙句、BOSはポストシーズン進出を逃した。
スプリングトレーニングで松坂大輔にナックルを伝授しようとしていたのを思い出す。松坂は少し迷惑そうだった。
春の引退宣言ということは、キャリアを永らえる道をいろいろ模索した挙句に力尽きたということだろう。ナックルボーラーの後継者は何人かいるが、200勝するナックルボーラーは今後、なかなか出てこないのではないか。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!
↓
彼が投げると野球が別の競技に変化したように思えた。
45歳。FAになっている選手の中では最高齢。古い選手だ。

88年のピッツバーグ・パイレーツ=PITドラフト3順目。同期には懐かしや、隻腕投手ジム・アボット。現役ではアーサー・ローズがいる。もとは内野手で、マイナーでは1,3塁をまもっているがAで.194と振るわず投手に転向。92年にメジャーに昇格した。
この年のチームメイトにはバリー・ボンズがいる。すでに25歳。彼が本格的に活躍したのは95年PITに解雇されてボストン・レッドソックス=BOSに移ってからだ。
この年はロジャー・クレメンスらを抑えてチーム最多勝。以後、浮き沈みはあったもののBOSの先発の一角を占めて17年間働いてきた。
そこそこの打撃の支援があれば、QSは何とかなる。そんな計算の立つ投手。ただ、問題は捕手だった。風向きでコースが変わると言われたへろへろ球をしっかり確保する捕手がなかなかいなかったのだ。
捕手別のウェークフィールドの投手成績。

2001年シーズン中にテキサス・レンジャース=TEXから30歳のダグ・ミラベリが移籍。この捕手は通算.231、盗塁阻止率20%台だったがウェークフィールドの球をファーストミットみたいなミットでよくキャッチした。2003年(14)、2004年(15)とパスボール数でアリーグ1位になっているが、彼だからその程度で済んだということだ。ミラベリと組んだ時のウェークフィールドのERA4.12は生涯通算4.41よりも有意で高い。実質的にウェークフィールド専属捕手だった。2006年ミラベリがサンディエゴ・パドレス=SDに移籍するとパスボールが急増。BOSはわずか1か月でミラベリを呼び戻している。
昨年、200勝を挙げるまでに9試合を要した。チームが大事な時に3勝6敗。ウェークフィールドに華を持たせた挙句、BOSはポストシーズン進出を逃した。
スプリングトレーニングで松坂大輔にナックルを伝授しようとしていたのを思い出す。松坂は少し迷惑そうだった。
春の引退宣言ということは、キャリアを永らえる道をいろいろ模索した挙句に力尽きたということだろう。ナックルボーラーの後継者は何人かいるが、200勝するナックルボーラーは今後、なかなか出てこないのではないか。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!
↓
コメント
コメント一覧
しかしレッドソックスがミラベリを戻そうとしていることを事前に察知したヤンキースは、その気はないのにわざとミラベリ獲得に名乗りを挙げ、ヤンキース戦の5月1日までレッドソックスとのトレードが成立しないように妨害工作をかけた。
ミラベリが、出戻りトレードがやっと正式に成立した5月1日は、ウェイクフィールドの登板日で対ヤンキース戦19:00ごろ開始のナイト・ゲームがあった。
ミラベリは5月1日朝 急ぎサンディエゴから飛行機移動したが、ボストンの空港着陸した時はすでに18:48で、ゲーム開始からの出場は絶望的と思われた。
しかしここでボストン市警が応援に出た。
ミラベリが飛行機から降りると、すぐに向かえのパトカーが彼を乗せ、フェンウェイパークまで彼を突進誘導した。
しかも車内にはレッドソックスのユニフォームまで用意されており、彼は移動中にあわただしく着替えをすませた。
ミラベリはおかげて19:00に球場に到着。当初この試合の先発捕手はバリテックだったがぎりぎりで先発に変更された。
ウェイクフィールドは時間かせぎをしてミラベリの呼吸が収まるのを待ち19:13に第一球を投げた。
ミラベリはウェイクフィールドが7回3失点 3対3の同点で降板するまでノーエラー、ノーパスボールで守りとおした。
最後はレッドソックスが8回に一挙4点を入れ7対3で勝利。
ウェイクフィールドに勝ちはつかなかったが、ミラベリはチームの勝利に大きく貢献した。
まさかの好投でその年はMLBに定着し地区優勝に貢献。
しかし、翌年は大乱調で、このまま消えていく投手かと思ったら、
先発投手不足で悩んでいたでBOSでまさかの復活。
MLBの一面を体現していると云った印象の投手で大好きでした。
しかし、まさか、御情けもあるとはいえ、200勝するとは思ってませんでした。
そこにウェイクフィールドがモデルとなっているナックルボーラーが登場しており,それがこの投手を知るきっかけでした.
本物はマンガの中ほど超人的な投手ではないのですが,登板する試合を見るのが楽しみな投手でした.
山本昌より1年年少,NPBでならやれるかもと思う反面,ドームでの試合や捕手の問題もありますね,
日本人でもナックルボーラーを見てみたいものですが,なかなか難しいでしょうね.