好きな選手だった。しぶとくて、渋くて、職人の味があった。
亜細亜大から甲賀総合科学専門学校、デュプロを経て2000年7位で阪神に、この経歴からしてなかなか渋い。甲賀総合科学専門学校は、プロスポーツ選手を養成する専門学校。先輩に建山義紀がいる。
デュプロも今はないが、社会人の名門、関西ではよく知られたチームだ。私はOBを何人か知っているが、みんな引退しても草野球をするほど野球好きだった。
ドラフト指名順位は低かったが、すぐに1軍に上げられた。遊撃守備が目立っていた。またしぶとい打撃も注目された。
3年目には同期の赤星と1,2番コンビを組んだ。

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手数の多い赤星と、地味だがしぶとい藤本の1,2番は理想的に思えた。しかし2004年に鳥谷敬が入団すると二塁に追いやられ、関本とのレギュラー争いをするが、平野恵一の加入もあってレギュラーを外れる。
FAでヤクルトに移籍したのは出場機会を求めてのことだったと思うが、以後もレギュラーに戻ることは無かった。

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足は速かったと思うのだが、必要な時以外は走らなかったような印象がある。やや早打ちで出塁率も高くはなかったが、走者を進める打撃もできて、嫌な打者ではあった。
ただ腰に持病があるとともに、自己アピールをあまりしない印象もあった。
阪神首脳陣は物足りなさを感じて、同ポジションに選手を取り続けたのだろう。
定位置を確保し続けることができれば、もう少し数字は上がったと思うのだが。

今季出場なし。1000試合出場まであと「3」だが、どうなるのだろう。

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