一度も一軍に上がらない投手が「引退」というのはどうかとも思うが、10月1日に戦力外通告を受けて引退を発表した。
2005年の高校ドラフト1順目、高校生で複数指名になったのは辻内と陽仲壽、片山博視。
日本ハムに進んだ陽仲壽は陽岱鋼と改名して、今やNPB屈指のリードオフマンだ。楽天に進んだ片山博視はセットアッパーとして優勝に貢献している。
辻内だけが、日の目を見なかった。大型左腕、剛速球に期待が集まったものだが。

キャリアSTATS

tsujiuchi-2013


8シーズンのうち、2軍で投げたのは4シーズンだけ。1年目は制球は悪かったが速球が目立っていた。しかし入団時にすでに宿痾となっていた肩痛、さらにはひじ痛で投げられず。2年間を棒に振る。

2009年に先発として復帰し、まずまずの成績を挙げるも10年、11年は登板機会がほとんどなし。この頃には、すでに見切られていた感がある。

しかし昨年、セットアッパーとして復活。8月には初めて1軍に上がった。このときに1度でも1軍のマウンドを踏んでいれば、あるいは辻内の運命は変わったかもしれない。しかし1週間足らずで降格した。

選手層が厚い巨人には、1軍をほとんど知らない選手も多い。ひとたび「有望株」のラベルをはがされた辻内の立場は厳しかった。

13年に入ると今度はねずみ(遊離軟骨)の手術。2軍の登板もないままに戦力外通告を受けた。



高校時代にどんな練習をしていたのかは知らないが、名門大阪桐蔭高校で酷使された可能性もあるだろう。あるいは故障を抱えたまま無理をしたのかもしれない。

巨人のドラフト1位(高校・大学社会人)で1軍経験なく退団したのは、70年岐阜短大付属高校の湯口敏彦(LHP現役中に急逝)、79年市立尼崎高校の林泰宏(RHP)、2007年大阪体育大の村田透(RHP)に続いて3人目。村田は辻内より後の入団だが、先に引退している。
いずれも投手。

「投手は投げて見なければわからないという」というのは永遠の真理ではないかと思う。


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