【2009年1月21日「MLBをだらだら愛す」掲載過去記事】
私は1994年にイチローがデビューして以来、その一投一打に一喜一憂してきた。今でも、イチローが6タコに終わったりすると真剣に飯がまずい。これまで2回、イチローのネガティブな面に触れてきたのは、まるで親戚の一人のような一方的な親近感をもって、彼を見続けてきたからである。
だからもちろん、ポジティブな面も十分に見えているつもりだ。数回ほど、昨年のイチローの素晴らしかった部分に焦点を当てよう。
昨年「8年連続」で達成した記録の中で、私が重要視しているのは「得点」である。どんな形であれホームベースを何回踏んだか、という非常に単純な記録。しかし野球の勝敗は、まさに得点で決まるのだから、根源的なSTATSだと言える。
純粋に個人だけで獲得できる得点は、本塁打と本盗しかない。多くの得点は、後続打者の援護があって獲得できる。その意味で、得点はチーム力と大きなかかわりのあるSTATSである。
イチローは、8年連続で100得点した。この記録では3人の13年連続が最長だ。
しかし、その内容はイチローとは大きく違う。ゲーリッグ、アーロン、そして現代のA-RODは、歴史に名を残すようなホームランバッターであり、得点の30%前後を自らの本塁打で稼いでいる。これに対し、8年間で積み上げたイチローの得点885に占める本塁打の割合は、73本の8.2%にすぎない。また、3人のレコードホルダーは、強豪チームに所属しており、チームメイトの大きな支援が期待できた。イチローの属するシアトルは、この期間に.510だが、1年目を除くと.481。弱いチームで、バックスの支援がわずかしかない中で、チャンスを自ら作り出し、得点を重ねてきたのだ。まったく異質の記録なのだ。
さらに、イチローの得点の価値を端的に証明するデータが下である。
(このデータは昨年、私自身が別のブログで出したものに追加補遺したものである)

まさに、イチローは弱いチームで孤軍奮闘、一人でホームベースを踏み続けてきたのだ。イチローは、100得点について「イバネスのおかげだ」とコメントしているが、イバネスにとってもイチローは100打点の恩人だ。そして、極端に言えば彼しか援護者はいなかったのだ。来年は、そのイバネスもいない。
チームと不協和音があるかもしれないが、彼はやるだけのことはやった。単打と盗塁を組み合わせ、やりくりをして、匍匐前進のように、ホームを目指していたのだ。ちょっと痛々しい感じもするが。
■後日談:2009年ついに100得点は途絶えた。チームの貧打の影響が大きい。この年にシルバースラッガーを受賞したのは特筆に値する。
私は1994年にイチローがデビューして以来、その一投一打に一喜一憂してきた。今でも、イチローが6タコに終わったりすると真剣に飯がまずい。これまで2回、イチローのネガティブな面に触れてきたのは、まるで親戚の一人のような一方的な親近感をもって、彼を見続けてきたからである。
だからもちろん、ポジティブな面も十分に見えているつもりだ。数回ほど、昨年のイチローの素晴らしかった部分に焦点を当てよう。
昨年「8年連続」で達成した記録の中で、私が重要視しているのは「得点」である。どんな形であれホームベースを何回踏んだか、という非常に単純な記録。しかし野球の勝敗は、まさに得点で決まるのだから、根源的なSTATSだと言える。
純粋に個人だけで獲得できる得点は、本塁打と本盗しかない。多くの得点は、後続打者の援護があって獲得できる。その意味で、得点はチーム力と大きなかかわりのあるSTATSである。
イチローは、8年連続で100得点した。この記録では3人の13年連続が最長だ。

しかし、その内容はイチローとは大きく違う。ゲーリッグ、アーロン、そして現代のA-RODは、歴史に名を残すようなホームランバッターであり、得点の30%前後を自らの本塁打で稼いでいる。これに対し、8年間で積み上げたイチローの得点885に占める本塁打の割合は、73本の8.2%にすぎない。また、3人のレコードホルダーは、強豪チームに所属しており、チームメイトの大きな支援が期待できた。イチローの属するシアトルは、この期間に.510だが、1年目を除くと.481。弱いチームで、バックスの支援がわずかしかない中で、チャンスを自ら作り出し、得点を重ねてきたのだ。まったく異質の記録なのだ。
さらに、イチローの得点の価値を端的に証明するデータが下である。
(このデータは昨年、私自身が別のブログで出したものに追加補遺したものである)

まさに、イチローは弱いチームで孤軍奮闘、一人でホームベースを踏み続けてきたのだ。イチローは、100得点について「イバネスのおかげだ」とコメントしているが、イバネスにとってもイチローは100打点の恩人だ。そして、極端に言えば彼しか援護者はいなかったのだ。来年は、そのイバネスもいない。
チームと不協和音があるかもしれないが、彼はやるだけのことはやった。単打と盗塁を組み合わせ、やりくりをして、匍匐前進のように、ホームを目指していたのだ。ちょっと痛々しい感じもするが。
■後日談:2009年ついに100得点は途絶えた。チームの貧打の影響が大きい。この年にシルバースラッガーを受賞したのは特筆に値する。
コメント