【2009年2月11日「MLBをだらだら愛す」掲載過去記事】 

今年も憂鬱な1年がはじまる、と思っているかもしれない。同じ年にMLBに渡った松坂を光とすれば、すっかり影の存在になった感がある井川である。

NPBの実績は、まさに堂々たるものである。松坂もなしえていない20勝を挙げているし、完封数も見事なものだ。01年から06年までの6シーズンで84勝56敗、完投35、完封15。同時期の松坂は78勝48敗、完投60、完封14。そん色がない。左腕でもあるし、NYYが“松坂クラス”と思ったとしても無理はない。

しかし、MLBへ行ってからのこの大きな差は、本当にどうしたことだろうと思う。

実質的な試用期間は、2007年の4月から5/4までの6回の登板だった。同じ時期の記録を松坂と比べてみよう。

igawa訂正

立ち上がりのわずか6試合、しかも内容的に松坂と決定的な差はないのに、どうして井川だけが失格の烙印を押されたのか。一言でいえば「学習力」の差だと思う。松坂が登板を重ねながら少しずつ修正をし、MLBに適応していったのに、井川は良い日があるかと思えばまた逆戻りする。何かをつかんで投球が変わったのではなく、調子が良ければ通用するという内容に終始したのだ。下位チームならともかくNYYで、この種の投手が先発をつとめるのは難しいのだろう。

井川は、阪神時代も他の選手とあまり交流のない投手だと言われた。MLBに移ってからも文化の違いを埋めたり、チームや上層部と交流を深めることには積極的でなかったといわれる。入団会見でのあの恐ろしく稚拙な英語のコメントを思い出すが、そうした子供っぽい部分が、MLBではマイナスに働いたのかもしれない。日本では野球バカでも通用するが(例えば中田翔)、アメリカでは選手である以前に一個の独立した人間として、野球以外のことにもちゃんと渡り合うことが求められているのだと思う。

以後、マイナーリーグに沈んだ井川は、2008年もチャンスらしいチャンスは与えられることはなかった。マイナーでは、彼はどんな成績を上げていたのか。

井川の2008年までのSTATSで彼の現状を見てみよう。

igawa

 

 

 

井川は2008年AAAのインターナショナルリーグで最多勝争いをし(2位)、防御率は4位、リーグを代表する投手になっていた。

のんきなこの男は、MLBではなく、マイナーリーグですっかり適応していたのだ。なんとなく笑いを誘う話ではある。ただし、こういう形で安住してしまった投手が、MLBで再び活躍するケースはそれほど多くない。

2009年、NYYは井川にほとんどチャンスを与えないだろう。すでに全く信頼されていないからだ。年俸が凄まじく高い(400万ドル)ため、獲得に動くチームも少ない。

今、井川に必要なのはぬるま湯のような現実に甘んじるのではなく、自分の意思で事態を打開することだ。年俸を破棄してでも、他チームに移ったらどうなのか。

■後日談:今年はついにNYYで姿を見なかった井川である。すでに日本人投手の3Aでの通算記録を更新しているのではないか。達観したような2009年だった。