【2009年5月5日「MLBをだらだら愛す」掲載過去記事】
千葉ロッテマリーンズの新しい主軸として、井口の活躍は目覚ましいものがある。MLBでの監督経験も豊富なバレンタインは、井口を獲得するや躊躇なく4番に据えた。

ダイエーに入った頃の井口は、時折長打は打つが粗い打者という印象だった。それが俊足を生かして上位に起用されると、課題を次々と克服していく。転機となったのは2003年である。この年にはじめて.300を超えると100打点も記録。翌年も高打率をあげた。この2年がなければMLBへの移籍は難しかっただろう。
中軸を打っていた井口はMLBでは2番が定位置となる。守備ではしばしばスーパープレーを見せたが、打者としてはつなぐ役割に徹していた。NPB時代とは二まわりくらいスケールの小さな野手になった感があった。気の毒なのは、CWSからシーズン途中でPHIにトレードで出され、ジャーニーマンになってしまったことだ。レギュラーでなければ持ち味を発揮できないだけに、MLB後半は苦労が続いた。
NPBにもどっての活躍で井口は、まだ成長曲線の途上にいることを証明した。本当のところ、MLBでの活躍をもう少し見たかったが、NPBとMLBの実力差や野球観の違いを見る上で、井口は格好の材料となっている。
■後日談:井口の最終成績は、ぱっとしないものだった。何か憑き物が落ちたような感じがある。MLBにいたときのモチベーションが維持できなかったのではないか。
千葉ロッテマリーンズの新しい主軸として、井口の活躍は目覚ましいものがある。MLBでの監督経験も豊富なバレンタインは、井口を獲得するや躊躇なく4番に据えた。

ダイエーに入った頃の井口は、時折長打は打つが粗い打者という印象だった。それが俊足を生かして上位に起用されると、課題を次々と克服していく。転機となったのは2003年である。この年にはじめて.300を超えると100打点も記録。翌年も高打率をあげた。この2年がなければMLBへの移籍は難しかっただろう。
中軸を打っていた井口はMLBでは2番が定位置となる。守備ではしばしばスーパープレーを見せたが、打者としてはつなぐ役割に徹していた。NPB時代とは二まわりくらいスケールの小さな野手になった感があった。気の毒なのは、CWSからシーズン途中でPHIにトレードで出され、ジャーニーマンになってしまったことだ。レギュラーでなければ持ち味を発揮できないだけに、MLB後半は苦労が続いた。
NPBにもどっての活躍で井口は、まだ成長曲線の途上にいることを証明した。本当のところ、MLBでの活躍をもう少し見たかったが、NPBとMLBの実力差や野球観の違いを見る上で、井口は格好の材料となっている。
■後日談:井口の最終成績は、ぱっとしないものだった。何か憑き物が落ちたような感じがある。MLBにいたときのモチベーションが維持できなかったのではないか。
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