【2009年5月15日「MLBをだらだら愛す」掲載過去記事】

大阪市の南部にある、私の通った私立高校では、阪神が勝った翌日は、授業中虎柄のパンツを見せて雄たけびを上げる奴がいた。教師にも拍手を強要する。授業を進めたいあまりにお義理に手をたたく先生もいたが、嬉しそうに拍手するのもいた。英語の授業で、何かの拍子に「rain,back」なんてフレーズがあると、「ラインバック!」と反応して立ち上がる奴もいた。学校からは何人か阪神に入団した選手もいて(活躍はしなかったが)、タイガースが身近だったのはいいが、それが日常生活に織り込まれていて、教室にはサンスポやデイリーが置かれてあった。

因果なことに、私は子供のころからの南海ファン、野村ファンだった。そのことをカミングアウトすると、多くのクラスメートは珍しい病気でも見るような顔つきをして、すぐに話題を変えるのが常だった。「歯牙にもかけない」とはこういうことだと思った。

大阪球場では、プレーの最中にグランドの動きとはまったく無関係に、突然スタンドが沸くことがあった。球場の「他球場の速報」コーナーで阪神が逆転したときである。これは日生球場でも、西宮球場でも同じだった様な気がする。要するに、関西人は阪神ファンであるのが「必須科目」であり、パリーグのチームを応援するのは「選択科目」。大阪球場に来ている数少ないファンの中には、甲子園の代償行為としてスタンドにいる人も多かったのではないかと思う。

掛布がすい星のごとく現れて、ファウルボールを追わない田淵(タブタ)のかわりに4番に座った頃から、阪神ファンのテンションは少しずつ上がっていったように思う。「掛布コール」は、のちの甲子園外野スタンドの“民族の祭典”の鏑矢ではないかと思う。掛布がまだ高校2年生の美しい少女と婚約した時は、クラス中が青くて生臭い興奮にそそけだったようになった。

 しかし、阪神は常に弱かったから、ファンは自虐的で、1%くらいの含羞を秘めていたと思う。この“純情”が蒸発したのは、1985年の優勝である。暴徒が某外食産業のマスコットを人身御供にしたのは記憶に新しいが、当時私が住んでいた大阪のベッドタウンの駅前でも、クルマに箱乗りし、クラッカーを鳴らす馬鹿どもが何人も出た。

この頃から、甲子園球場の外野席には試合そっちのけで幼稚園のお遊戯レベルのパフォーマンスに夢中になる一群が目立つようになった。特に現監督真弓の打席では、ミッキーさんの音楽に合わせて体をあっちこっち移動させる動きが、波のようだった。私はスコアブックをつけるから懐の許す限り内野席に座るようにしていたが、その席でも外野席のお遊戯に呼応する連中が出てきたのには驚いた。宇宙からの電波に操られているようだった。

 阪神タイガースはその後、長くて憂鬱な低迷期に入るが、阪神ファンの行状はエスカレートするばかりだった。応援団の中には、甲子園での特権を要求する連中も出てきた。「気楽そうに見えるか知らんが、こう見えても大変なんやで」としたり顔で言う応援団幹部もいた。大変ならやめておけばいいのに。

避妊具みたいな、いやらしいかたちに膨らむ風船を飛ばし始めたのもあの優勝のころからだと思うが、この小道具によって7回という終盤の佳境で野球そっちのけになるファンが激増した。緊迫感を増す試合の効果音として、膨らませすぎて割れる風船の爆発音が加わるようになった。「愚かしい」という言葉の用語例に使えばいいと思う。

こうした応援スタイルが人気を呼んだようで、甲子園球場は常に満員になるようになった。あるとき、仕事で滋賀県に行ったときに取引先の人が、「今日は5時でみんな上がって、甲子園で応援ですわ」と嬉しそうにメガホンを見せてくれた時、私は阪神のウィルスがパンデミック状態になったことを知った。今年に入って、近鉄奈良線と阪神線がつながったことで、古都奈良でも阪神のハッピを着た連中をしばしば目にするようになったが、他のウィルス同様、交通機関は最大の感染ルートになるのである。

 阪神は巨人を抜いて、日本一の観客動員を誇る球団となった。自前の選手を育てる傍らで、他球団、ことに広島から優秀な選手を買い入れるようになった。「ありゃ阪神タイカープじゃ」という赤ヘルの嘆きは、甲子園までは届かない。

関西の球団が次々と消滅して、関西人=阪神ファンという図式がいよいよ強固になった。阪神タイガースが御堂筋を優勝パレードすると報じられた時、「それは南海ホークスにしか許されぬ」と抗議した連中があったのだが、その声はあまりにも小さかった。パレードの当日、黒と黄で埋まった沿道に、緑の旗を振る一群があった。なかの一人はわざわざ香港からやってきていたが、そのささやかな活動はべた記事にしかならなかった。

今、阪神の野球中継を見ていて、とりわけ複雑な思いに駆られるのは、門田博光(病気療養中)、福本豊、佐々木恭介、有田修三など、パリーグの綺羅星のごとき名選手が、阪神ファンそのものという口ぶりで解説をするときである。確かにオリックスの解説では飯は食えない。帰るべき球団もないのだから、いたしかたないことではあるが。「よその家にもらわれた子」の哀れさを感じる。

 先日、ローマ法王がパレスチナを訪れた時に、ユダヤ教徒とイスラム教徒が法王の支持を得ようと綱引きのような騒ぎになった。その騒ぎの中で、あるかなきかのキリスト教徒は、法王の姿を拝むこともできず、小さくなって過ごしたようだ。なぜかそのキリスト教徒に、ちょっとだけ連帯感を抱く今日この頃である。

■後日談:野球観戦にかかわる意見の相違が、このあたりから顕在化していった。