ボクシングは門外漢だが、先日の亀田兄弟のチャンピオン防衛戦は、素朴におかしいと思った。
まず、11月19日に行われたWBA世界バンタム級、チャンピオンの亀田興毅と孫正五の試合は、亀田興毅が2-1の判定で辛勝したが、判定には疑問が呈された。
そもそも孫正五はランキング14位。亀田興毅には8戦連続となるタイトル防衛だったが、強い相手との対戦を避けていると言う批判が寄せられた。
そして12月3日のIBF王者の亀田大毅が出場したWBA・IBF世界スーパーフライ級王座統一戦。
WBA王者のリボリオ・ソリスが計量で失格。王座をはく奪されたが、試合そのものは行われ、ソリスが亀田大毅を判定で下した。
IBF側は試合前、亀田が勝てば文句なく統一王者になり、負けたときは空位になるとしていたが、試合後、亀田はIBFの王者にとどまると発表した。
報道陣は食言をしたと騒いだが、亀田側は「敗ければWBAだけが空位になると言う説明を、メディア側が早合点したのだ」と批判した。
TBS、そして亀田サイドは、「亀田が勝ち続け、王座にいつづけない限り商売にならない」と考えている。
そのために、弱い対戦相手を選んで戦わせている。また、策を弄してタイトル喪失を回避しようとしている。それがますます露骨になってきている。
最近はTBSの番組でも亀田兄弟のふがいなさを批判する声が上がっている。判定勝ちばかりの亀田兄弟は強くない、という声が上がっている。
ボクシング界を永久追放されたはずの兄弟の父、亀田史郎は相変わらず兄弟のマネジメントに深くかかわっている。会場では自著を販売していたという。
こうした一連の騒ぎで大きく傷ついたのは「ボクシング」というスポーツそのものへの信頼だ。
主催者やメディアの意向でタイトルや記録がいかようにでも変えることができる。世間はボクシングをそういうスポーツなのだと思ったはずだ。
私も「ボクシングと言うのはまともなスポーツとは言えないのではないか」と思った。
故吉村昭は、戦後すぐからボクシングを観戦し、歴史に残るような試合はすべて見ているほどのボクシングファンだった。吉村の『孤独な噴水』は、ボクシングの過酷さ、すさまじさを描いた傑作小説だが、そういう時代のボクシングを知る人からすれば、亀田兄弟のマッチ戦は茶番にしか見えないだろう。


亀田兄弟、そして彼らを商売の種にしたTBSは、ボクシングと言うスポーツを冒涜し、多くのファンに背中を向かせた。その罪は大きいと言えよう。
スポーツは、公平性、公正さが失われれば一気に信用を失うものなのだ。
誰かを勝たせたい、お客さんを呼びたいと言う願望が、一線を越えた時点でスポーツそのものが壊れてしまう。フェアであること、公正であることは、あらゆるスポーツの大前提だ。
今年、NPBは、「統一球の微調整」をめぐって大きく揺れた。
第三者委員会の報告によれば、過去2年間、NPBはセパ両リーグの「野球協約」で定めた反発係数よりも下の値のボールを公式戦で使っていた。それもごく少数ではなく、一時期はほとんどの使用球が定められた「下限値」を下回っていた。
野球と言うスポーツにとって、最も重要な道具であるボールが、不正だったのだ。
法曹家からなる第三者委員会の目にはこれは深刻な問題に映ったようで、報告書には何度もそのことが指摘されているが、NPB機構側、オーナー会議ではほとんど反応はなかった。
この報告書には公表されてはまずいと思える部分はマスキングされているが、統一球が協約違反だったことは、全く隠されていない。重要なことだと認識していなかったのだ。
しかし戦績が下がった打者が「協約違反のボールを使って行われた試合は不正だ」と訴えて、記録の無効や下がった年俸の取り消しを求める裁判を起こした場合、NPB側は窮地に立つのではないか。
それくらい深刻な問題ではなかったかと思うのだが。
それ以上に私は、こうした「いいかげん」な運営をするプロ野球が、信用を失うのではないかと危惧している。
統一球自体は、特定の球団や選手に有利に働くようなものではなかった。加藤良三氏の善意にもとづく導入ではあった。
しかし、以後の改定をめぐる動きは、とてもまともな事業体の仕事とは言えないものだった。
当事者たちは「協定違反の公式球」を秘密裡に改定しようと稚拙な策を弄した。また、情報の共有化もディスクロージャーもなされなかった。統一球の微調整は一部の球団の意向で進められた可能性が高い。
プロ野球が公平でもフェアでもオープンでもない体制で運営されているのは、多くの人が指摘するところだが、その一端が報告書を通じて明るみに出てしまったのだ。
ボクシング界のように、明らかにおかしいジャッジが行われたわけではないが、組織としての健全性を疑われても仕方がない事実が露見したのだ。
洋の東西を問わず、近代化とともにスポーツは、「不公正」や「いい加減な部分」が許容されない方向に向かう傾向にある。
野球でいえば、スピットボールやエメリーボールが禁止され、用具にも厳密さが求められるようになった。
戦前は美談とさえ言われた「大相撲の八百長」が、厳しく指弾されたのも記憶に新しいところだ。
「筋書きのあるドラマ」と言われたプロレスが、テレビのスポーツ番組から締め出されたのもこの流れだと思う。
さらに言えば、ドーピングに対する厳しい規制も、同じ流れだ。


国際化とともにグローバルスタンダードが形成され、「地域の特殊な事情」「昔からの慣習」などが認められなくなってきたのだ。
世界で大昔から行われてきた競技は「スポーツ」という共通の鋳型に嵌めなければならなくなっているのだ。
スポーツ界では「少し前までまかり通ったこと」が、通用しなくなっている。
NPBは今でもかなり時代遅れな組織だと思うが、早急に体質を改善しないと、プロ野球そのものが時代から置き去りにされる事態になりかねないと思う。
ボクシング界の行状は他人事ではない。
NPBはボクシングを「他山の石」にすべきだと思う。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!
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そもそも孫正五はランキング14位。亀田興毅には8戦連続となるタイトル防衛だったが、強い相手との対戦を避けていると言う批判が寄せられた。
そして12月3日のIBF王者の亀田大毅が出場したWBA・IBF世界スーパーフライ級王座統一戦。
WBA王者のリボリオ・ソリスが計量で失格。王座をはく奪されたが、試合そのものは行われ、ソリスが亀田大毅を判定で下した。
IBF側は試合前、亀田が勝てば文句なく統一王者になり、負けたときは空位になるとしていたが、試合後、亀田はIBFの王者にとどまると発表した。
報道陣は食言をしたと騒いだが、亀田側は「敗ければWBAだけが空位になると言う説明を、メディア側が早合点したのだ」と批判した。
TBS、そして亀田サイドは、「亀田が勝ち続け、王座にいつづけない限り商売にならない」と考えている。
そのために、弱い対戦相手を選んで戦わせている。また、策を弄してタイトル喪失を回避しようとしている。それがますます露骨になってきている。
最近はTBSの番組でも亀田兄弟のふがいなさを批判する声が上がっている。判定勝ちばかりの亀田兄弟は強くない、という声が上がっている。
ボクシング界を永久追放されたはずの兄弟の父、亀田史郎は相変わらず兄弟のマネジメントに深くかかわっている。会場では自著を販売していたという。
こうした一連の騒ぎで大きく傷ついたのは「ボクシング」というスポーツそのものへの信頼だ。
主催者やメディアの意向でタイトルや記録がいかようにでも変えることができる。世間はボクシングをそういうスポーツなのだと思ったはずだ。
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故吉村昭は、戦後すぐからボクシングを観戦し、歴史に残るような試合はすべて見ているほどのボクシングファンだった。吉村の『孤独な噴水』は、ボクシングの過酷さ、すさまじさを描いた傑作小説だが、そういう時代のボクシングを知る人からすれば、亀田兄弟のマッチ戦は茶番にしか見えないだろう。
亀田兄弟、そして彼らを商売の種にしたTBSは、ボクシングと言うスポーツを冒涜し、多くのファンに背中を向かせた。その罪は大きいと言えよう。
スポーツは、公平性、公正さが失われれば一気に信用を失うものなのだ。
誰かを勝たせたい、お客さんを呼びたいと言う願望が、一線を越えた時点でスポーツそのものが壊れてしまう。フェアであること、公正であることは、あらゆるスポーツの大前提だ。
今年、NPBは、「統一球の微調整」をめぐって大きく揺れた。
第三者委員会の報告によれば、過去2年間、NPBはセパ両リーグの「野球協約」で定めた反発係数よりも下の値のボールを公式戦で使っていた。それもごく少数ではなく、一時期はほとんどの使用球が定められた「下限値」を下回っていた。
野球と言うスポーツにとって、最も重要な道具であるボールが、不正だったのだ。
法曹家からなる第三者委員会の目にはこれは深刻な問題に映ったようで、報告書には何度もそのことが指摘されているが、NPB機構側、オーナー会議ではほとんど反応はなかった。
この報告書には公表されてはまずいと思える部分はマスキングされているが、統一球が協約違反だったことは、全く隠されていない。重要なことだと認識していなかったのだ。
しかし戦績が下がった打者が「協約違反のボールを使って行われた試合は不正だ」と訴えて、記録の無効や下がった年俸の取り消しを求める裁判を起こした場合、NPB側は窮地に立つのではないか。
それくらい深刻な問題ではなかったかと思うのだが。
それ以上に私は、こうした「いいかげん」な運営をするプロ野球が、信用を失うのではないかと危惧している。
統一球自体は、特定の球団や選手に有利に働くようなものではなかった。加藤良三氏の善意にもとづく導入ではあった。
しかし、以後の改定をめぐる動きは、とてもまともな事業体の仕事とは言えないものだった。
当事者たちは「協定違反の公式球」を秘密裡に改定しようと稚拙な策を弄した。また、情報の共有化もディスクロージャーもなされなかった。統一球の微調整は一部の球団の意向で進められた可能性が高い。
プロ野球が公平でもフェアでもオープンでもない体制で運営されているのは、多くの人が指摘するところだが、その一端が報告書を通じて明るみに出てしまったのだ。
ボクシング界のように、明らかにおかしいジャッジが行われたわけではないが、組織としての健全性を疑われても仕方がない事実が露見したのだ。
洋の東西を問わず、近代化とともにスポーツは、「不公正」や「いい加減な部分」が許容されない方向に向かう傾向にある。
野球でいえば、スピットボールやエメリーボールが禁止され、用具にも厳密さが求められるようになった。
戦前は美談とさえ言われた「大相撲の八百長」が、厳しく指弾されたのも記憶に新しいところだ。
「筋書きのあるドラマ」と言われたプロレスが、テレビのスポーツ番組から締め出されたのもこの流れだと思う。
さらに言えば、ドーピングに対する厳しい規制も、同じ流れだ。
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世界で大昔から行われてきた競技は「スポーツ」という共通の鋳型に嵌めなければならなくなっているのだ。
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NPBは今でもかなり時代遅れな組織だと思うが、早急に体質を改善しないと、プロ野球そのものが時代から置き去りにされる事態になりかねないと思う。
ボクシング界の行状は他人事ではない。
NPBはボクシングを「他山の石」にすべきだと思う。
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コメント
コメント一覧
>IBF側は試合前、亀田が勝てば文句なく統一王者になり、負けたときは空位になるとしていた
IBFのHPには、試合前に相手が計量失敗した時点で王者防衛になる旨が記されており、IBF側も試合を管理するJBC(日本ボクシングコミッション)にそう説明した(つもりの)ようです。
ところがどうも通訳のミスによって、亀田敗北の場合はJBC側に王者が空位になるという誤った情報がJBCに伝わってしまい、それがプレスリリースとして世間に出てしまったために、あのような茶番になってしまったようです。ですから今回の問題は、IBFやJBCといった運営側のミスも大きいと言えるでしょう。
野球の問題で言えば、もはやNPBだけの問題ではなく、プロ・アマ共同で対処すべき問題が山積していると思うのですが、まずそこがまとまっていない時点で大きなハンディを抱えていると言えるのかもしれません。
重量オーバーの相手(つまりこれは上位階級者であることを意味する)に負けて、
その階級の王座を失うのはおかしいですよ。
しかも、ルールが変わったわけではなく、ちゃんと分かっている人は前から理解していたことです
>近代化とともにスポーツは、「不公正」や「いい加減な部分」が許容されない方向に向かう傾向にある。
スポーツに限らず、何でもかんでもヒステリックにまず批判したいという人間が増えすぎているだけでは。
彼らはスポーツそのものに興味なんかないですよ
その前に計量オーバーで失格になった選手がタイトルマッチに出場したのはどう思われますか?
それに、この結果を妥当だと受け取る人はごく少数ではないかと思います。
タイトルマッチなのに亀田側は全くリスクが無かったことになるわけですから。
この文章、ヒステリックでしょうか?
青木の話は あ・し・た
ボクシングの試合なんて面白いはずがないから、俺が面白く(視聴率が取れるように)してやるよ。みたいな感じ。
ある意味広告料を増やす経営努力なんでしょうけど、これじゃあ焼け野原になりますよねえ。
平仲さんみたいに世界戦に恋焦がれ、それでも拳をあわせられなかった選手を見てきたので、亀田戦はもうマッチメイクの段階で白けてしまう。
エンターテイメント、もしくはバラエティとしてみるといろいろストレスもたまらなくてすっきりしますよ。
本来は不戦勝・不戦敗なのに試合を実施したIBF・WBC。(儲けに走ったから。)
IBFのルールに明記されている規定を確認せずに、拙い通訳任せたにしたマスコミやTBS。(スポーツに関する理解・勉強不足)
計量オーバーで失格になったWBC王者。(プロ意識・自己管理能力の欠如)
試合に負けたIBF王者。(プロとして結果を出せなかった)
この一番上から問題だと思います。
これを、世間的な亀田家批判に被せると、本当の問題点が曖昧になると思います。
協会やボクサー、そしてテレビやマスコミを責めるだけでなく、我々スポーツファンはしっかり勉強して、そのあとに批評をすることが大事です。
プロは収益も興行も意識しなければならないために、公平・公正な競技性ばかりでは、厳しいと思います。
アマチュアスポーツなら、公平公正な倫理観でまわるのですが。
弱い相手に当てるのは、かつての「浪速のロッキー」赤井英和氏のプロモーターのやり方でしたから、仕方ないという感じです。
今思うと、赤井氏のあの連続KO勝ちは、強豪選手では難しかったと思っているので。
的確な分析だと思います。
赤井の試合は深夜放送でずっと見ていました。実にあっけないエンディングでした。
一応訂正をば。WBCではなく、WBAですね。あと、トーナメントでもなんでもないプロボクシングの試合に不戦勝も不戦敗もありません。試合をするかしないか。タイトルがかかるか、かからないかだけです。
そして、疑問なのが”防衛”とタイトルが移動しないは同義なのか?です。本来ならノンタイトル戦にするところを、変則のタイトルマッチとしたのでしょう?最大の問題はそこなんですけどね。
それと、IBFルールに明記といっても今回は統一戦でしたし、国によって適用するルールなんかもありますから、こういったことは主催者側がしっかりとしたアナウンスをするのが道理なのですが。
まぁ、ノンタイトル戦で負けたのなら王座が移動しないケースも納得しますが、そうでないならまぁおかしいでしょう。
しかしまぁ、自分は見なくなって久しいですが彼らのコントがボクシングだと思われてしまう現状は悔しくてなりませんね。世界を舞台に戦ってる競技なのだから、もっとマスコミも海外の情報を発信すべきだと思うのですがそれをしないからファンの知識やレベルも上がらないのだと気付いてほしい・・・。世界のトップ戦線のレベルは本当に素晴らしく比べようもないのに・・・。世界的にもおかしなジャッジが存在するのもまた事実ですが。
最後にプロ野球もとありますが、どちらかというと中継している民放全体への警鐘としたほうが良い気もします。
仰っる通り、WBAですね。
誤記入、失礼しました。
不戦での勝敗、は表現しずらかったのですが、早い話、試合を開催しなければ良かったという意味です。
本来は、計量オーバーで失格、即チャンピオン陥落、統一王座決定戦への出場資格喪失なので。
>タイトルマッチなのに亀田側は全くリスクが無かったことになるわけですから
これ、逆じゃないですか?
タイトルもかかってないのに、体重オーバーの相手
(当然パンチの威力も不当に高くなるはずです)と
やらされる方がリスクが高いはずです。
本来なら失格による不戦勝にするのが正しいはずなのでは。
>その前に計量オーバーで失格になった選手がタイトルマッチに出場したのはどう思われますか?
王者が計量ミス、挑戦者が計量に従ってる場合、
試合は行われますし挑戦者が勝てば王座奪取しますよ。
前例も多くあります。挑戦者は計量をパスしているのだから、挑戦権があるということです。
挑戦者の計量ミスや統一戦での計量ミスはほとんどないと思いますが。
私が言ってる妥当というのは、あくまで試合が行われたという前提で、
ウェイトオーバーの挑戦者に負けた王者が王座陥落にならないことが妥当というだけであって、
それ以外のいざこざを妥当だといってるわけではありません。
妥当の根拠はルールに従っているかどうかだけです。
ルールに従うのがスポーツであり、公平公正というものでしょう。
ご教示有難うございます。
だとすれば、問題はプロボクシングのルールそのものにありそうですね。
アマチュアではそういう既定はないでしょう。体重が違う選手で試合が成り立つと言うのは、そもそも「階級制」という基本的な枠組みを破壊していますね。
興行ありきのプロのルールという感じがします。
最近はめっきりボクシング見なくなってしまいましたが(亀田三兄弟が出始めた頃から)、今回に関しては亀田次男坊を責めるのはちょっとかわいそうかと。少なくとも彼は試合前日までにきっちりと計量をパスできるように体を仕上げてきて、リングに立っています。
既出の通り計量失敗しても試合自体が行われるのは常識です。過去に何例もありますし、王者がそれでベルトを失ったこともあります。もちろん挑戦者が勝ったことも何度もありますし、その逆もしかりです。そしてそれがプロボクシングのルールです。
コレに対して疑問を呈するなら、そもそも前日計量でパスさえすれば試合当日までにどれだけ食べてもいいよ?というのもどうかとという話になってきます(今回の亀田戦で初めて知りましたがIBFは当日計量で「4・5キロ以上の増量を認めない」というルールがあるそうですね)ちなみに前日計量にしている理由は選手の健康管理・安全のため。
野球ではプロとアマチュアはほぼ同じルール(今年の夏の甲子園の千葉くんの例もありましたが)で行われていますが、プロとアマで少し違うルールというのは普通にあります。バスケットボールでは30秒がルールがNBAだとショーアップのために24秒ルールだったりもしますね。
プロスポーツである以上、興行有りきなのは致し方ないと思います。興行がなければプロとして成立しえないわけですから。
また本文で「判定ばかりで」と仰っていますが、軽量級の世界戦ではそんなにバタバタ倒れません。軽量級であるが故にパンチが軽い選手も多いですし、現JBC会長の大橋秀行氏も現役時代の世界タイトルマッチではKOで勝ったことはありません(3回ダウンの末TKO負けはあります)。
ちょっとこの件に関してはいつもの広尾さんの冷静な視点ではないな、と思ってしまいました。
長文駄文失礼しました。
だとすれば、なぜ亀田兄弟のボクシングはこんなに不評なのでしょうか。門外漢ではありますが、納得がいきません。
僭越ながら個人的な意見を述べさせていただきます。
いくつか理由があると思うのですが
・亀田兄弟のビッグマウスぶり
彼らがメディア受けを狙って言ってるのかもしれませんし、お父上(苦笑)の影響からか「KOで倒す!」のようなことを言っておきながら、実際にはアウトボクシングをする。これも戦略なのかもしれませんが、受けはよくないですね。
・日本人の多くがボクシングを見慣れていない
ボクシングはKOで勝つことのみが至上というような意識があるように思います。パーネル・ウィテカーのように46戦して17KOしかしていないにも関わらず、4階級制覇したような芸術的アウトボクサーを知らないことも大きいかと。
・実際に噛ませ犬のような相手が多い。
コレ自体はマッチメイクの問題なので、本人たちにどの程度責任があるのかはわかりませんが、事実としてあると思います。ただそんなことを言い出したら、他にも糾弾されそうな人もいそうですね。
・メディアがすぐに英雄を創りだそうとする。
個人的にはこれが一番の問題。特にマイナースポーツは一般の目に触れることが少ないため、メディア側(特にTV)は過度にわかりやすくしようとします。それがまた無理にヒーローをつくろうとする風潮のため(成功物語としてわかりやすいからでしょうが)、スポーツの本質を見失いがちになります。もちろん視聴者はそこまで馬鹿ではないのでなおさら反感を持つことになります。
TBSの件で言えば解説にまで飼い犬のような人間を配置し、露骨な身内びいきをすることも反感を買う理由かもしれません(そういえば現役時代の鬼塚勝也氏も露骨なホームタウンデシジョンとかで勝ったりして評判悪かったですね)
などと思います。
個人的に別に彼ら兄弟のことを好きでも何でもないのですが、みんなで寄ってたかっていじめなくてもいいのになーと思います。
長文駄文失礼しました。
横から失礼します。
ご見解につき、思うところがあったもので。
・亀田家のビッグマウス
これは、一昔前に辰吉丈一郎も類似した件で賛否両論ありましたね。
あの薬師寺保栄とのタイトルマッチでは、「(薬師寺は)あの年になって髪染めたらあきまへんわ」、「(辰吉の)ベルトに暫定とか偽物とかつけてほしい」なんていう舌戦は、かなり有名になりました。
日本人には、武道の「礼に始まり礼に終わる」文化が基本にあるので、他者を誹謗する駆け引きは合わない気がします。
・日本人はボクシングにくわしくない
というより、前述の競技哲学が日本人に合わない話ですね。
ボクシングは、相手が怪我したら目でもどこでもそこを徹底的に攻める。
しかし、柔道や相撲ではら露骨に怪我した箇所を攻めるのは卑しいとされる。
そこの違いはかなり大きいです。
さらに、柔道での一本信仰が、KO勝ちしか評価しない向きに影響していますね。
・ヒーローを作ろうとする
これはスポーツでも政治でも経済でも、日本は次々にヒーローを求めようとしますね。
そして、落ちてきたり問題が起きると皆でよってたかってバッシング。
亀田家だけでなく、ホリエモンに、橋下徹に、一頃調子を落とした三浦知良選手もそうでした。
物理学者ガリレオ・ガリレイの、「英雄のいない国が不幸なのではない。英雄を必要とする国が不幸なんだ。」と思いました。
日本人の、主体的に物事に参画しないで、仕切ってくれる人に頼り、ぶら下がる精神構造は、スポーツでも政治でも経済でもマイナスなことばかりです。
同意。
減量失敗にもそれぞれです。今回のケースはむしろ、相手のコンディションは良好と捉えるべきです。再計量までになんとか落とそうと努力する場合は前日に余分な負荷がかかることになりますが、今回は相手はそういった努力をすぐに放棄してしまったわけですから。体重も作れずフラフラになって負けるより、開き直ってより確実に勝つことを特に海外の選手は考えるようですし。
それと、KO勝ちが望ましいし、プロボクシングである以上そここそが最大目標なのは間違いないのですが、判定でも構わないんですよ。・・・中身さえ伴っていれば。
例えばメイウェザーであり、リゴンドーのような超絶技巧を示して圧倒するのであれば文句もそうは出ないでしょうけど、彼らの技量では観客を魅せることも出来ていないし、現実ジャッジに疑問符のつく試合も少なくない。挙句に相手のレベルも低い・・・。
だから、判定が好まれていないからというのは決して主だった理由ではありません。彼らが何も証明していないからというだけです。
いつも大変楽しくブログを読ませていただいております。
ボクシングをこよなく愛する一人として、ボクシングの妙なルールや明らかに変な判定については心を痛めております。ボクシング人口は年々減っていますが、今後もこの傾向は止まらないことでしょう。
プロアマ問わず、ボクシングにおいてこの手の話はついてまわるものです。国内選手権では尊敬すべき審判諸氏の手によって(誤審はあるものの)まことに公正にジャッジがなされていますが、オリンピックでは毎回のように問題になっております。相手選手の名誉のため、あえて具体的な試合例を出しませんが、ある不公平なジャッジがなされた試合において「殴り倒せばレフェリーがどれだけ腐っていようが勝ち」とばかりに日本人選手が猛然とラッシュをかけたのに、日本人選手がダウンをとりそうになると何度も試合をストップさせるレフェリーがおり、大変憤りを覚えました。
1野球ファンとして、野球には、このような状態になってほしくないと思っております。
本文の趣旨から離れるコメント、申し訳ございません。
ありがとうございます。勉強になります。
だってこれまでの経緯が。
それにしても、
平仲!
胸が熱くなるようなボクサーだったなあ!
タイトル返上して次男の階級へ。どうするんでしょ、兄弟対決でもするんですかな。