ボクシングは門外漢だが、先日の亀田兄弟のチャンピオン防衛戦は、素朴におかしいと思った。
まず、11月19日に行われたWBA世界バンタム級、チャンピオンの亀田興毅と孫正五の試合は、亀田興毅が2-1の判定で辛勝したが、判定には疑問が呈された。
そもそも孫正五はランキング14位。亀田興毅には8戦連続となるタイトル防衛だったが、強い相手との対戦を避けていると言う批判が寄せられた。

そして12月3日のIBF王者の亀田大毅が出場したWBA・IBF世界スーパーフライ級王座統一戦。
WBA王者のリボリオ・ソリスが計量で失格。王座をはく奪されたが、試合そのものは行われ、ソリスが亀田大毅を判定で下した。
IBF側は試合前、亀田が勝てば文句なく統一王者になり、負けたときは空位になるとしていたが、試合後、亀田はIBFの王者にとどまると発表した。
報道陣は食言をしたと騒いだが、亀田側は「敗ければWBAだけが空位になると言う説明を、メディア側が早合点したのだ」と批判した。

TBS、そして亀田サイドは、「亀田が勝ち続け、王座にいつづけない限り商売にならない」と考えている。
そのために、弱い対戦相手を選んで戦わせている。また、策を弄してタイトル喪失を回避しようとしている。それがますます露骨になってきている。

最近はTBSの番組でも亀田兄弟のふがいなさを批判する声が上がっている。判定勝ちばかりの亀田兄弟は強くない、という声が上がっている。
ボクシング界を永久追放されたはずの兄弟の父、亀田史郎は相変わらず兄弟のマネジメントに深くかかわっている。会場では自著を販売していたという。

こうした一連の騒ぎで大きく傷ついたのは「ボクシング」というスポーツそのものへの信頼だ。
主催者やメディアの意向でタイトルや記録がいかようにでも変えることができる。世間はボクシングをそういうスポーツなのだと思ったはずだ。
私も「ボクシングと言うのはまともなスポーツとは言えないのではないか」と思った。

故吉村昭は、戦後すぐからボクシングを観戦し、歴史に残るような試合はすべて見ているほどのボクシングファンだった。吉村の『孤独な噴水』は、ボクシングの過酷さ、すさまじさを描いた傑作小説だが、そういう時代のボクシングを知る人からすれば、亀田兄弟のマッチ戦は茶番にしか見えないだろう。



亀田兄弟、そして彼らを商売の種にしたTBSは、ボクシングと言うスポーツを冒涜し、多くのファンに背中を向かせた。その罪は大きいと言えよう。

スポーツは、公平性、公正さが失われれば一気に信用を失うものなのだ。
誰かを勝たせたい、お客さんを呼びたいと言う願望が、一線を越えた時点でスポーツそのものが壊れてしまう。フェアであること、公正であることは、あらゆるスポーツの大前提だ。

今年、NPBは、「統一球の微調整」をめぐって大きく揺れた。
第三者委員会の報告によれば、過去2年間、NPBはセパ両リーグの「野球協約」で定めた反発係数よりも下の値のボールを公式戦で使っていた。それもごく少数ではなく、一時期はほとんどの使用球が定められた「下限値」を下回っていた。
野球と言うスポーツにとって、最も重要な道具であるボールが、不正だったのだ。

法曹家からなる第三者委員会の目にはこれは深刻な問題に映ったようで、報告書には何度もそのことが指摘されているが、NPB機構側、オーナー会議ではほとんど反応はなかった。
この報告書には公表されてはまずいと思える部分はマスキングされているが、統一球が協約違反だったことは、全く隠されていない。重要なことだと認識していなかったのだ。

しかし戦績が下がった打者が「協約違反のボールを使って行われた試合は不正だ」と訴えて、記録の無効や下がった年俸の取り消しを求める裁判を起こした場合、NPB側は窮地に立つのではないか。
それくらい深刻な問題ではなかったかと思うのだが。

それ以上に私は、こうした「いいかげん」な運営をするプロ野球が、信用を失うのではないかと危惧している。

統一球自体は、特定の球団や選手に有利に働くようなものではなかった。加藤良三氏の善意にもとづく導入ではあった。
しかし、以後の改定をめぐる動きは、とてもまともな事業体の仕事とは言えないものだった。
当事者たちは「協定違反の公式球」を秘密裡に改定しようと稚拙な策を弄した。また、情報の共有化もディスクロージャーもなされなかった。統一球の微調整は一部の球団の意向で進められた可能性が高い。

プロ野球が公平でもフェアでもオープンでもない体制で運営されているのは、多くの人が指摘するところだが、その一端が報告書を通じて明るみに出てしまったのだ。

ボクシング界のように、明らかにおかしいジャッジが行われたわけではないが、組織としての健全性を疑われても仕方がない事実が露見したのだ。

洋の東西を問わず、近代化とともにスポーツは、「不公正」や「いい加減な部分」が許容されない方向に向かう傾向にある。

野球でいえば、スピットボールやエメリーボールが禁止され、用具にも厳密さが求められるようになった。
戦前は美談とさえ言われた「大相撲の八百長」が、厳しく指弾されたのも記憶に新しいところだ。
「筋書きのあるドラマ」と言われたプロレスが、テレビのスポーツ番組から締め出されたのもこの流れだと思う。
さらに言えば、ドーピングに対する厳しい規制も、同じ流れだ。



国際化とともにグローバルスタンダードが形成され、「地域の特殊な事情」「昔からの慣習」などが認められなくなってきたのだ。
世界で大昔から行われてきた競技は「スポーツ」という共通の鋳型に嵌めなければならなくなっているのだ。

スポーツ界では「少し前までまかり通ったこと」が、通用しなくなっている。
NPBは今でもかなり時代遅れな組織だと思うが、早急に体質を改善しないと、プロ野球そのものが時代から置き去りにされる事態になりかねないと思う。

ボクシング界の行状は他人事ではない。
NPBはボクシングを「他山の石」にすべきだと思う。

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!



クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。1962年のパリーグ、救援投手陣

Classic Stats



『「記憶」より「記録」に残る男 長嶋茂雄 』上梓しました。





「読む野球-9回勝負- NO.2」私も書いております。




広尾晃 野球記録の本、アマゾンでも販売しています。