NPB史上、シングルヒットを最もたくさん打ったのは誰か?シーズン記録で見てみよう。
歴代単打ランキング50傑 SGHが単打 SGH%は安打数に占める単打の割合

トップは2005年の青木。169安打は断トツである。この年、青木はレギュラー定着1年目だったがイチロー以来の200安打を打った。
青木はこのランキングに5回も顔を出す。文句なしの単打王と言えるだろう。
続いて赤星が165安打で続く。俊足のリードオフマンだった。彼も5回名前が出る。SGH%は90%を超える。青木と双璧だ。
イチローは210安打を打った1994年に151単打を記録している。
こうして顔ぶれを見ると21世紀の選手が圧倒的に多い。これは言うまでもなく試合数が1割以上増えたことが多いだろう。また、打高投低が続いていたことも大きい。
20世紀まではイチローの記録が永らくトップ。セでは和田豊の147本がトップだった。
さらにさかのぼればセリーグは1950年の金山次郎、パは56年の佐々木信也の記録が長期間首位だった。
21世紀以降ランキングは大幅に変わったのだ。
ではシーズン100単打以上に絞ったSGH%のランキングを見てみよう。



ガラッと顔ぶれが変わる。
トップの河内は慶應大学を出て毎日に入団、この年に高橋に移った内野手。110安打したが長打はわずかに7本。
2位はクラウンの立花義家、高卒1年目でレギュラーに抜擢された年。
そして3位以下には現役選手が居並ぶ。
岡田幸文は凄まじい数のシングルヒットを打っている。守備範囲外用に広いだけでなく、打者としても異能の選手なのだ。
平野をはさんで広島の東出も。
以下、曲者打者の名前が並んでいる。イチローや青木の名はない。彼らは単打だけでなく長打もかなり打った打者。このランクは、単打だけを量産した打者。
このランキングは「短距離打者のランキング」と言ってよいだろう。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!
↓
クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。1962年のパリーグ、救援投手陣

『「記憶」より「記録」に残る男 長嶋茂雄 』上梓しました。


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トップは2005年の青木。169安打は断トツである。この年、青木はレギュラー定着1年目だったがイチロー以来の200安打を打った。
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続いて赤星が165安打で続く。俊足のリードオフマンだった。彼も5回名前が出る。SGH%は90%を超える。青木と双璧だ。
イチローは210安打を打った1994年に151単打を記録している。
こうして顔ぶれを見ると21世紀の選手が圧倒的に多い。これは言うまでもなく試合数が1割以上増えたことが多いだろう。また、打高投低が続いていたことも大きい。
20世紀まではイチローの記録が永らくトップ。セでは和田豊の147本がトップだった。
さらにさかのぼればセリーグは1950年の金山次郎、パは56年の佐々木信也の記録が長期間首位だった。
21世紀以降ランキングは大幅に変わったのだ。
ではシーズン100単打以上に絞ったSGH%のランキングを見てみよう。

ガラッと顔ぶれが変わる。
トップの河内は慶應大学を出て毎日に入団、この年に高橋に移った内野手。110安打したが長打はわずかに7本。
2位はクラウンの立花義家、高卒1年目でレギュラーに抜擢された年。
そして3位以下には現役選手が居並ぶ。
岡田幸文は凄まじい数のシングルヒットを打っている。守備範囲外用に広いだけでなく、打者としても異能の選手なのだ。
平野をはさんで広島の東出も。
以下、曲者打者の名前が並んでいる。イチローや青木の名はない。彼らは単打だけでなく長打もかなり打った打者。このランクは、単打だけを量産した打者。
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コメント
コメント一覧
2003年と2005年の赤星のデータが抜けていました。修正しました。
単打の内容を、内野安打と外野安打に分けて集計することは可能でしょうか? もし可能であれば、内野安打のみの集計も見てみたいです。
以前(30年くらい前かと思います)内野安打のシーズン記録は55本だと目にした記憶があり、その時は「最も遠くへ飛ばす安打(本塁打)と最も短い距離の安打のシーズン記録が同じ数字なんて、野球というスポーツはうまくできているなあ」と感心したことがあります。
あれから長い時間が経っていますので、その記録は更新されているのか、されているとしたら誰が更新したのか、通算の内野安打王は誰なのか、興味があります。
巨人の松本匡史は人工芝を有効利用して単打を稼ぐ先駆けだったかも。打撃技術と言う点では必ずしも誉められたものでは無さそうだけど、足が速いタイプの選手の打率アップにはとりわけ有効な手段ですね。
1940年代・・・3人
1950年代・・・7
1960年代・・・2
1970年代・・・2
1980年代・・・1
1990年代・・・9
2000年代・・・15
2010年代・・・7
2010年代はまだ4年しかないのに、既に7人。一方1980年代は下から二人目でやっと河埜選手が入る程度です。打高投低ということなのかもしれませんが、歴史をきちんと理解できていないのですが、1990年代後半くらいから野球の質が変わったということはないのでしょうか。それと、巨人の選手が全くランクインしていないのも興味深いです。チーム事情とか球場の大きさなども関係しているのでしょうか。広尾さんの分析はいかがでしょうか。
上位にランクされている東出、赤星、平野の本拠地は天然芝球場ですけれど、ここまで単打職人何ですよね。
平野のオリックス時代も結構な数値をたたき出してます。2005年は3分の1がグリーンスタジアムだったはずです。
犠打のシーズン記録も上位のほとんどが1990年代以降ですし。
阪神の選手は、ほとんどが甲子園球場のラッキーゾーンが撤廃された1992年以降にリスト入り。全体を見ても1990年代以降、本拠地球場の大型化と連動するように急増。球場が大型化したので、徹底した単打狙いのスタイルの選手も増えたという印象です。
その観点から見ると、旧広島市民球場時代の東出と正田は異色です。手狭な本拠地でも単打狙いの打撃に徹して首位打者を2回獲得した正田が、短距離打者の代表選手かもしれないですね。
人工芝以外の本拠地の選手がけっこう上位入りしているのを見ると、人工芝ヒットの影響は見た目よりも案外小さいようですね。内野安打王ランキングというのも面白そうです。