藤川球児『未熟者』




何とまあ、この男は野球のことばかり考えているものよ!と感嘆する。野球選手だから当たり前のようにも見えるが、藤川はそれ以外のことは何も考えていないようだ。
理想のリザルトである「三振」をとるために、どんな球を投げるか、どんな配球で、前の打席でどんな“残像”を残すか。藤川の頭はそんな思考で常に湧いているようだ。

ドラフト1位で阪神に入ったものの、野村監督時代はなかなか引き上げてもらえなかった。投手コーチ(恐らくは八木沢壮六)との相性が悪かったことが原因と思われるが、同期の松坂大輔などとは異なり、6年の下積み生活を送ったことが藤川の心に渇望感を抱かせたのだろう。

故障も多く、未完成の投手だったが、良く知られている通り、藤川は山口高志、中西清起投手コーチによってフォームを改造され、中継ぎ投手として1軍に定着した。

編集者、ライターは結構苦労したのではないかと思う。ほっておけば藤川は、投球術、投手論を延々と語り続けたのではないかと思うからだ。

豪快に相手をねじ伏せているだけのように思える藤川が、一人ひとりの打者に、一球一球に、あらんばかりの知恵を絞っていることが良く分かる、

その密度の濃さは矢野燿大の野球観に通じる(はるかに大人の目線を持っているが)。ともにレギュラーを獲得するまでに時間を要し、立派なスター選手になってからも出場機会を渇望していたという共通点がある。二人が互いについて書いた記述はぴったり一致する。理想のバッテリーだったのではないか(城島とこうした思いを共有することができたのだろうか)。

夢中で投げ続けているうちに、藤川は、気がつけばファンがサインを求める人気投手になっていく。プライベートがない人気選手の悩みを、藤川は「野球選手藤川」と「人間藤川」という表現で述べている。同期の松坂大輔が高校時代にとっくに解決した問題に、プロ入り10年後も悩まされている。その無防備さも藤川ならではだ。

この本は第2回WBCの直前に上梓された。藤川はこのWBCでは実力を十分に発揮できず、最後はクローザーの座から追われていた。また2009年、2010年と一流の成績ながらもやや陰りが見えた。2011年は統一球の影響もあってか再び数字を取り戻したが、ポストシーズン進出は成らなかった。

藤川はこの本でたびたびMLB挑戦を口にしている。彼自身は「日本でやることがなくなった」とは思っていないが、力のあるうちにMLBに行きたいと思っている。書かれてはいないが、恐らくは松坂大輔にたいする意識もあるだろう。

「未熟者」とは示唆に富んだタイトルだ。藤川球児は、常に「自分には足りないところがある」「未熟である」ことを痛感し、それを埋めるために努力を積み重ねる運動体だ。「満ち足りない部分がある」という思いこそが藤川の原動力なのだ。
満ち足りたときに、彼は引退するのか、それとも次のステージが始まるのか、見つめていきたいと思う。

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