これまで考えてきたことを長々と書いてきた。目新しいことは殆どない。
NPBの課題、問題は山積しているが、トータルで考えていくと問題を解決するには対症療法ではなく、根本治療が必要だと言うことがわかる。つまるところ「経営者」の問題なのだ。
30数年社会人をしている中で、私は自分のいる企業の倒産を2度経験している。また近しい企業の倒産も目にしている。少なからぬお金も失っている。
そういう企業の経営者には、共通点があったように思う。
1)現実を見ない
経営者の多くは何らかの成功体験を持っている。多くはその成功体験に基づいて起業をしている。
起業をしてからはその成功体験が「永続」することを願い、あるいは信じ、会社を運営することが多い。
しかしながらビジネス環境は大きく変化する。競合が現れたり、新商品がでたり、海外企業に市場を荒らされたりする。成功体験が続くことは殆どない。
愚かな経営者は、こうした現実を見ない。もちろん、大づかみなことは把握するが、数字や詳細な分析に目を通すことを嫌がる。「不都合な真実」を知りたがらない。
経営者とは「見たくない現実を見ることができる人物」という定義があるが、それができない経営者が、倒産の危機に瀕する。
2)未来を見ない
これも経営の本を開けば書かれているが、経営トップの仕事はせんじ詰めれば「不測の事態に対処すること」と「将来へ向けて手を打つ事」だと言われる。
経営者は現場の仕事にタッチしない。日々の仕事に追われることなく、調べたり、思索したり、考えをまとめたりする時間とフリーハンドを持つことができる。
経営者はそれを活用して、企業の未来指針を定め、そこへ向けてかじ取りをしていかなければならない。それはどんな優秀なスタッフにもできない仕事だ。
しかし、愚かな経営者は売り上げ目標などは立てることはできても、自らの会社の「未来像」を描くことができない。
「5年先、10年先に自分と自分の会社がどこへ行くのか」が描けない、あるいは興味がない経営者は、早晩会社を窮地に陥れる。
3)自分を見ない
経営者は、「改革」が大好きである。
制度を見直したり、ルールを変えたり、仕事の流れを変えたり、いろいろなことを変えたがる。
しかし、そのなかには実効性のある「改革」と、そうでない「エセ改革」がある。
「エセ改革」の多くは、業績不振の「犯人捜し」か、経営者が現場に介入して自らの権力を誇示するために行う。
「改革」と「エセ改革」を見分けるポイントは一点。「自分や周辺の既得権益者を改革の『対象外』にしているかどうか」である。
自らを安全な位置に置いて「改革」の号令をかける経営者は愚かである。
愚かな経営者は自己改革ができない。つまり自分を直視することができない。そういう経営者は忠告に真摯に耳を傾けることができないから、会社を発展させることができない。


経営の世界では「独裁」は必ずしも悪ではない。抜群の能力とカリスマ性のある経営者が、独断で事業を進めることで、めざましい業績を上げることがある。
行政機関の推進する事業が、なかなか実績を上げないのは、役人の仕事が合議制、前例主義で、強いリーダーシップが不在であることが大きい。
しかし強い経営者には今まで述べたように「現実」「未来」「自分」を見つめる資質が求められている。それがない限り「独裁」は破滅へとつながる。
ここまで私は、僭越ながら経営者になり代わって、NPBの「現実」「未来」「自己」について書いてきたつもりだ。
NPBにはそもそも「経営者」が不在だ。コミッショナーは圧倒的に強い権限を有することになっているが、実質的には「事務局長」でしかない。
ここに本当の「経営者」を充てるところからことは始まる。実際のところ、それが一番大変なことかもしれない。
しかし、世間には優れた経営者を得て劇的に改革が進んだケースも多い。決して現実性がない話ではない。
どんな改革であっても、経営が本格的に傾き、ゆとりがなくなってからでは遅い。病人になってから生活改善をすることはできないのだ。
プロ野球は依然として年間、2200万人の観客を集める最大のスポーツコンテンツである。改革をスタートさせるとすれば「今」しかない。
座して改革を怠れば「大相撲」のようになるのは自明だ。
プロ野球界にあって、観客、ファンは「部外者」ではなく、ステークホルダーだと考えている。我々にはNPBに対してより聡明で、可能性に満ちた組織に変わってくれることを求める権利がある。
今後はさらに本格的に「NPB改革」について訴えていきたい。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!
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そういう企業の経営者には、共通点があったように思う。
1)現実を見ない
経営者の多くは何らかの成功体験を持っている。多くはその成功体験に基づいて起業をしている。
起業をしてからはその成功体験が「永続」することを願い、あるいは信じ、会社を運営することが多い。
しかしながらビジネス環境は大きく変化する。競合が現れたり、新商品がでたり、海外企業に市場を荒らされたりする。成功体験が続くことは殆どない。
愚かな経営者は、こうした現実を見ない。もちろん、大づかみなことは把握するが、数字や詳細な分析に目を通すことを嫌がる。「不都合な真実」を知りたがらない。
経営者とは「見たくない現実を見ることができる人物」という定義があるが、それができない経営者が、倒産の危機に瀕する。
2)未来を見ない
これも経営の本を開けば書かれているが、経営トップの仕事はせんじ詰めれば「不測の事態に対処すること」と「将来へ向けて手を打つ事」だと言われる。
経営者は現場の仕事にタッチしない。日々の仕事に追われることなく、調べたり、思索したり、考えをまとめたりする時間とフリーハンドを持つことができる。
経営者はそれを活用して、企業の未来指針を定め、そこへ向けてかじ取りをしていかなければならない。それはどんな優秀なスタッフにもできない仕事だ。
しかし、愚かな経営者は売り上げ目標などは立てることはできても、自らの会社の「未来像」を描くことができない。
「5年先、10年先に自分と自分の会社がどこへ行くのか」が描けない、あるいは興味がない経営者は、早晩会社を窮地に陥れる。
3)自分を見ない
経営者は、「改革」が大好きである。
制度を見直したり、ルールを変えたり、仕事の流れを変えたり、いろいろなことを変えたがる。
しかし、そのなかには実効性のある「改革」と、そうでない「エセ改革」がある。
「エセ改革」の多くは、業績不振の「犯人捜し」か、経営者が現場に介入して自らの権力を誇示するために行う。
「改革」と「エセ改革」を見分けるポイントは一点。「自分や周辺の既得権益者を改革の『対象外』にしているかどうか」である。
自らを安全な位置に置いて「改革」の号令をかける経営者は愚かである。
愚かな経営者は自己改革ができない。つまり自分を直視することができない。そういう経営者は忠告に真摯に耳を傾けることができないから、会社を発展させることができない。
経営の世界では「独裁」は必ずしも悪ではない。抜群の能力とカリスマ性のある経営者が、独断で事業を進めることで、めざましい業績を上げることがある。
行政機関の推進する事業が、なかなか実績を上げないのは、役人の仕事が合議制、前例主義で、強いリーダーシップが不在であることが大きい。
しかし強い経営者には今まで述べたように「現実」「未来」「自分」を見つめる資質が求められている。それがない限り「独裁」は破滅へとつながる。
ここまで私は、僭越ながら経営者になり代わって、NPBの「現実」「未来」「自己」について書いてきたつもりだ。
NPBにはそもそも「経営者」が不在だ。コミッショナーは圧倒的に強い権限を有することになっているが、実質的には「事務局長」でしかない。
ここに本当の「経営者」を充てるところからことは始まる。実際のところ、それが一番大変なことかもしれない。
しかし、世間には優れた経営者を得て劇的に改革が進んだケースも多い。決して現実性がない話ではない。
どんな改革であっても、経営が本格的に傾き、ゆとりがなくなってからでは遅い。病人になってから生活改善をすることはできないのだ。
プロ野球は依然として年間、2200万人の観客を集める最大のスポーツコンテンツである。改革をスタートさせるとすれば「今」しかない。
座して改革を怠れば「大相撲」のようになるのは自明だ。
プロ野球界にあって、観客、ファンは「部外者」ではなく、ステークホルダーだと考えている。我々にはNPBに対してより聡明で、可能性に満ちた組織に変わってくれることを求める権利がある。
今後はさらに本格的に「NPB改革」について訴えていきたい。
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コメント
コメント一覧
表向きは違っても、実質営利団体であるわけだから、行政能力だけでは難しい。
同時に、前の渡邉氏や宮内氏の記事にあった、かつてのコミッショナーの財産を活かさなかった、という面にも納得します。
加藤良三氏なら、英語堪能な国際派で、アメリカ人脈があり、かつ大の野球マニア、決して欠格ではなかったんです。
公務員上がりの彼に足りなかった営業センスやマネジメント能力ある人材を補佐役につけることをすれば、違う結果にもなったでしょう。
昔、ライオンズやホークスでは、根本氏の人脈とマネジメントに、坂井氏の事務・財政というコンビで組織運営していた、とかは参考になるでしょう。
一昨日、熊崎コミッショナーの記者会見が行われたようです。
http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/02/28/kiji/K20140228007679650.html
これだけでは何とも言えないのですが、最初は皆、色々とやる気なんですよね。なのにNPBの空気を吸った途端に、皆、同じようにフェイドアウトしていくのです。
まあ、期待は薄いですが、最初からああだこうだというのも気の毒なので、差しあたってはお手並みを見せていただくとしましょう。
専務理事がどうなるのか、気になります。
プロ野球は会社経営とは異なり、公共財や文化的な側面も併せ持っており、どこに向かって改革を進めていくのか、そのビジョンが明らかでなければいけません。
即ち、プロ野球の存在意義そのものが問われることになるのだと思います。
ただし、オーナー、選手、ファンそれぞれのプロ野球に対する存在意義は、果たして一致しているとは思えず、改革は困難であると言わざるをえません。
利害調整に長け、リーダーシップを発揮できるような優れた人材が現れるのを待ちたいところですが、今の球界では、そんな期待も時間もあまり無いのではないでしょうか。
現実的には、改革の必要性に迫られる何かしらのアクシデントによって、事態が動きだすというケースぐらいしか思いつかないのが悲しいところです。
メジャーではコミッショナーだと思いますが、日本は形だけコミッショナーを置きつつ、実際には12球団の合意によって経営をしているように思います。そこがあいまいなんですよね。セリーグに比べてメジャー志向に思えるパリーグにしても、コミッショナーに経営権を託すというところまでは意思統一がなかったのではないかと思いますし。
もし、プロ野球が今後も内閣型で、12球団の合意によって経営していくのであれば、12球団の中から総理大臣を決めた方がいいと思います。それを仮に巨人にするなら、それはそれでスッキリするんじゃないでしょうか。「巨人は12球団のトップとして、球界全体のことをかんがえるべき」って言えますからね。